第三章  再会

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 晴臣が嘗て、妻と呼び愛した女とは、見合いで知り合って結婚した。  母の余命があと半年と知った晴臣の父が、彼に頭を下げて頼んだのだ。  「僕とお母さんも、見合いだった。でも僕達はこれ以上無い程に愛し合っているから、君にもきっと素敵な女性が現れると信じているよ」  父に説得されて、否やは言えなかった。  妻だった女は、政治家の娘で二十四歳、美貌で知られていた。二人は数回のデートを重ねて、やがて婚約。晴臣が二十七歳の秋に結婚式を挙げた。  自分では、一人前の経営者の積もりだったが、鷲津グループの後継者ではあるものの、まだ経験不足の若造に過ぎなかった。  そして妻の実家は、「鷲津グループは自分達のカバンとして、是非とも押さえた」、と思ってこの結婚話を受けいれた。  妻は結婚の初めから実家の人身御供だったが、その事を晴臣はまるで理解して居なかった。  それが、二人の結婚の、最初の間違いだった。  結婚を何よりも喜んでくれた母は、結婚式から十か月後に、消える様に、逝ってしまった。  悲しみに沈みがちだった父も、それから僅か数年後に、この世を去った。  まだ未熟な経営者に過ぎない晴臣は、実業界の厳しい荒波に揉まれ乍ら、時には沈みそうになり、またある時には波に飲み込まれて溺れ、そして何度も、もう此れまでだと覚悟しながら、必死で泳ぎ切って這い上がった。  そして気が付いた時には、その岸に妻の姿は無く、妻の実家にも見限られて、傍には誰も居なくなっていた。  その時になって、晴臣はやっと、自分達の結婚生活はずっと以前に終わっていたのだ、と思い知らされた。  それから実家の借財を始末して欲しい妻が要求する、信じられ無い程の多額な慰謝料をめぐって、泥沼の離婚劇が始まった。  どうやって嗅ぎ付けたのか、週刊誌や新聞社に、(政界と、お金持ちの鷲津グループとの、派手な手切れ劇)、として書き立てられて、テレビ局のレポーター達に追い回され、晴臣は疲れ果てて、すっかりマスコミ嫌いになった。  まさか、それが妻と彼女の取り巻きの仕組んだ罠とは、流石に思ってもみなかった彼だが、調べて分かった。  とんだブラック・ジョークだと、昏い笑みが漏れる。彼は結婚に、未練も絶望も、もう何も感じなくなっていた。
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