第三章  再会

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 既にそこには、愛も夢も無くなっていて、持っている動産は勿論の事、一緒に暮らした邸も、思い出の沢山ある別荘も、全て金に換えて妻に渡した。  母が残してくれた、母方の祖父母が暮らしていた邸。彼の幼い日の想い出が沢山詰まった懐かしい屋敷に、彼は妻と別居してから、一人で引っ越した。  そして離婚が成立した頃には、晴臣はすでに四十歳を過超えていた。  成功者の鷲津グループの統括、誰もが恐れる辣腕の実業家。そして非情で冷酷、風林火山を絵に描いた様な男と言われる事にも馴れて、孤独な男になっていった彼。  女とは、何時も遊びだった。  「女は愉しい玩具。本気で欲しいとは、もう二度と思ったりはしないだろう」  桜子に出逢うまで、哀しくも本気で、そう思っていた。  初めて逢った日の桜子の事は、決して忘れない。とても耳に心地良い、落ち着いた優しい声で、彼の名前を尋ねて微笑んだ桜子。  媚もせず、謙りもせず、少し躊躇いながら話しかけて来る。対談コーナーの申し込みを受けたのは、ほんの気の迷い、娯楽時代小説が大好きな晴臣の気まぐれだった。  飾らない室町桜子は、とても世間で持て囃されている様な人気作家には見えなかった。 晴臣の、一目惚れだった。  「とにかくこの女を、捕まえて置かなければ」、と思った。  それからは、あれやこれやの奮闘の日々。  これ程にと、惚れたら一筋の自分が信じられない思いだったが、幸せだった。  そして、桜子の愛を手に入れた。  彼は、桜子の苦かった過去の日々を、知っている。 桜子は、音信の途絶えてしまった本当の両親の事も、心の中ではずっと気にしている。  「縁を切られる」、と言う苦痛にも耐え抜いた強い魔女が開けるのを躊躇っている、傷付きやすい心の扉。  本当は、年を取った両親の事を心配している優しい娘が、彼女の中に居る。  結婚から半年が過ぎても、まだ結婚式を頑固に拒否して居る桜子に、どうあっても式を承諾させると決めた。  それも、「彼女の両親に立ち会って貰う」と決めている。  彼は、桜子の両親の事を調べさせて、二人の現在の住所を知っている。  実は、彼女には内緒で既に数回、二人を訪ねていた。
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