第一章  晴臣の妻

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 鷲頭邸の前に立って麻紀は足が震えた。  夏彦の洋館も凄いと思っていたが、其の比では無い。  正面の門以外に築地に囲まれた内部が何も見えない。  樹木しか見えない。  屋根など何処にあるのか分からない邸宅の佇まいに気押されしてしまう。  この内部の何処かに文月がいるらしいから 勇気を奮い起こして、インターホンのボタンを押した。  女中の案内で書斎に通されて、飛びつく様にして歓迎してくれる文月に会うまで、とても信じられなかった。  久しぶりに会う文月は、相変わらず強くて逞しい雰囲気なのだが何かが違う。可愛い仕草で言葉が優しい。  文月と桜子が溶け合って一つになったのだと思い、その変化に目を見張った。  「麻紀、会いたかった。御免ね。連絡が遅れて心配を掛けたね。許してね」  何て可愛くなったのかと驚いた。とても夏彦を蹴り倒して逃げた女と同一人物には見えない。  余りにも驚いて見詰めていたので、言葉が出なかった。  「大丈夫なの、麻紀。どうしたの」目の前で手をひらひらと振っている文月を見て、思わず言ってしまう。  「変わってない。やっぱり私の知っている文月だ。良かった」  それから二人は沢山話をした。 テレビ局の話になると、続編を望んでいる理由を話しながら、少し怒っているらしい麻紀の様子に笑ってしまう。  「麻紀はプロデューサーに怒ってるの、それとも、その女優に怒ってるの」  文月が面白そうに聞いてくるから、余計に怒りが増してしまう。  「文月は何とも無いの。今や室町桜子は人気作家なんだよ。それなのに幾らスポンサーが大事だからって、そんな桜子を都合よく使おうとする奴なんて許せない」  「有難う、麻紀。」  文月が抱きついて涙を流すから、ビックリしてしまった。  「麻紀は何時もそうやって私の為に本気で怒ったり心配したりしてくれる。私の大事な親友だわ」  「それを言うなら文月こそ。御免ね、晴臣さんとそう言う関係になったのは、三年前に私を守る為だったんだね」  調べて初めて知った、と話す麻紀の目にも涙が浮かんでいる。  二人が抱き合って泣いているから、お茶を運んできた女中が書斎のドアの外で困っていた。  話しまで聞いてしまった。  奥様になられた方は、素敵な女性だと感動していた。あの色々と難しい晴臣様が、惚れ抜いておられるのも納得出来ると言うものだと思った。
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