第一章  晴臣の妻

7/8
93人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
 本当に如何しようかと、必死に思い悩んだその時、麻紀の声が響いた。  「こんな魂胆だと思ったわ、夏彦先生」  麻紀が旅行ケースを引き摺って、夏彦を睨みながら入って来たから、急いで麻紀の陰に隠れる。  夏彦が不快感を隠そうともせずに麻紀を睨み付けて居るが、麻紀も負けては居ない。  編集長を隅に連れて行って、耳打ちした。  「室町桜子の夫は、うちのオーナーの鷲津晴臣ですよ。夏彦先生が手を出したりしたら私も編集長も終わりです」  「それは本当か」  真っ青になって聞く編集長に、麻紀が頷いてやる。  「頼む。室町桜子先生を邸に送って行ってくれ」  「了解です」、麻紀が交渉成立のサインを送ってくれるから、心からほっとした。  少し気を抜いたのがいけなかった。  夏彦が腕を掴んで無理矢理に廊下に連れ出して、資料室に閉じ込めた。  抱き寄せて壁に押し付けると、髪を掴んで強引に唇を重ねて来る。  身体が密着していて蹴れない。何とか逃れようともがいたが、胸の感触を楽しませてしまったらしいだけだ。  「俺から逃げようとしても、無駄だ。この間の礼をさせて貰う」  強く抱き締めて資料室のテーブルの上に押し倒した夏彦に怯えた。  此奴になんか、何もされたくない。涙が流れて、止まらない。誰か助けて。  心の中でいつの間にか晴臣を呼んでいた。  夏彦の身体がのしかかって来る。  片手できつく胸を掴まれて、忘れていた昔の傷口がまた開きそうで怖くて震えた。  気が遠くなる。  晴臣、助けて。  次に気が付いた時には夏彦が床に伸びていて、晴臣が私を抱き起す処だった。  冷たい身体を抱き締めて、震えている唇に優しく唇を重ねて、温めてくれる。  「どうして此処に」  涙がとまらない。  「麻紀さんに連絡を貰って急いで来た」  晴臣がそっと抱き締めながら、呟いた。  「此奴をどう始末してやろうか」  呻きながら上半身を起こして、頭を振っている夏彦に冷たい視線を注いでいる。  そこへ麻紀が飛び込んで来て、土下座をして頼んだ。  「どうか許してやって下さい。此奴は変態で下らない男ですが、捨てるには惜しい才能です」麻紀の青ざめた顔を見て、麻紀の夏彦への気持ちが解った。  
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!