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本当に如何しようかと、必死に思い悩んだその時、麻紀の声が響いた。
「こんな魂胆だと思ったわ、夏彦先生」
麻紀が旅行ケースを引き摺って、夏彦を睨みながら入って来たから、急いで麻紀の陰に隠れる。
夏彦が不快感を隠そうともせずに麻紀を睨み付けて居るが、麻紀も負けては居ない。
編集長を隅に連れて行って、耳打ちした。
「室町桜子の夫は、うちのオーナーの鷲津晴臣ですよ。夏彦先生が手を出したりしたら私も編集長も終わりです」
「それは本当か」
真っ青になって聞く編集長に、麻紀が頷いてやる。
「頼む。室町桜子先生を邸に送って行ってくれ」
「了解です」、麻紀が交渉成立のサインを送ってくれるから、心からほっとした。
少し気を抜いたのがいけなかった。
夏彦が腕を掴んで無理矢理に廊下に連れ出して、資料室に閉じ込めた。
抱き寄せて壁に押し付けると、髪を掴んで強引に唇を重ねて来る。
身体が密着していて蹴れない。何とか逃れようともがいたが、胸の感触を楽しませてしまったらしいだけだ。
「俺から逃げようとしても、無駄だ。この間の礼をさせて貰う」
強く抱き締めて資料室のテーブルの上に押し倒した夏彦に怯えた。
此奴になんか、何もされたくない。涙が流れて、止まらない。誰か助けて。
心の中でいつの間にか晴臣を呼んでいた。
夏彦の身体がのしかかって来る。
片手できつく胸を掴まれて、忘れていた昔の傷口がまた開きそうで怖くて震えた。
気が遠くなる。
晴臣、助けて。
次に気が付いた時には夏彦が床に伸びていて、晴臣が私を抱き起す処だった。
冷たい身体を抱き締めて、震えている唇に優しく唇を重ねて、温めてくれる。
「どうして此処に」
涙がとまらない。
「麻紀さんに連絡を貰って急いで来た」
晴臣がそっと抱き締めながら、呟いた。
「此奴をどう始末してやろうか」
呻きながら上半身を起こして、頭を振っている夏彦に冷たい視線を注いでいる。
そこへ麻紀が飛び込んで来て、土下座をして頼んだ。
「どうか許してやって下さい。此奴は変態で下らない男ですが、捨てるには惜しい才能です」麻紀の青ざめた顔を見て、麻紀の夏彦への気持ちが解った。
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