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081~100
081 アブラゼミ2 [カメムシ目 セミ科]
「セミも終わりだな」
彼がぽつりと呟いた。
歩道の片隅には、もう鳴くことは無い蝉のなきがら。四季の移ろいを虫で感じる彼のことだから、夏の残骸にでも見えていることだろう。
「秋が来たってことだよ」
私が答えると、彼は笑顔で頷く。
一歩だけだけど、彼の世界に近づいた気がした。
◆◆◆
082 南に行ってきました
「修学旅行の写真、見せて」
「ああ、うん」
曖昧な返事に、これは何かある、と読んだ。
「あまり上手く撮れてないよ」
言い訳する彼から写真を奪い、私は予想通りの惨状に脱力する。
「虫ばかりじゃん!」
「初めて見る種が沢山いて、つい」
昆虫好きには、修学旅行さえも観察の場なのか。
◆◆◆
083 最後のランチ
日差しに明るく輝く小さな花壇。陽だまりで蜜を吸い、文字通り羽を伸ばすチョウたちを前に、彼はご満悦だ。
「寛いでるの、久々に見た」
「ずっと寒かったもんね」
「……冬越しするのもいるけど、大抵はあと少しの命だから。最期くらいは」
来週からは雪の予報。冬がやって来る。
◆◆◆
084 ヒガシキリギリス [バッタ目 キリギリス科]
期末テストを控え、二人で勉強会。彼女は頭を抱えてぼやく。
「夏に勉強しとくんだった」
「そういう童話あるよ」
「アリとキリギリス?」
「そう。あれ、元は『アリとセミ』なんだって」
「ほんと?」
こうして、また貴重な時間が減っていく。 二人きりで勉強なんてできやしないのだ。
◆◆◆
085 マツカレハ [チョウ目 カレハガ科]
「松の腹巻」
彼女は藁が巻かれた公園の樹を指差した。
「あれは罠。あの中で冬越しさせて、春に藁ごと虫を処分すんの」
「じゃ、中は虫だらけ? かわいいと思ったのに」
がっかりする彼女が面白くて、俺は笑いを堪える。
「悪い虫もいい虫も入るらしいぞ」
「フォローになってないし」
◆◆◆
086 クサギカメムシ [カメムシ目 カメムシ科]
「部屋にカメムシが出たの」
「冬越しに来たんだな」
「自力で追い出したけど、あなたに来てもらえば良かったね」
彼女は苦笑いした。俺としては、むしろ呼んで欲しかったのだが。
「奴らは集団で越冬するぞ。一頭駆除したからって油断するなよ」
「……今日、遊びに来る?」
「喜んで!」
◆◆◆
087 フユシャク [チョウ目 シャクガ科]
一人の帰り道で、ふと立ち止まる。冷たい街灯の光に浮かび上がるのは、懸命にはばたく一頭の蛾だ。
彼が熱く語っていたのを思い出す。
『冬の蛾はオス。羽が無くてただ待つだけのメスを探しに、飛ぶんだよ』
聞き慣れた足音に顔を上げると、彼の姿。
「家まで送るよ」
「来ると思ってた」
◆◆◆
088 オオゴマダラ 2 [チョウ目 タテハチョウ科]
「これ見て」
弾んだ声に、私はイルミネーション特集の雑誌を閉じた。
「昆虫園のクリスマス」
LEDより目を輝かせ、彼は言った。差し出されたチラシには、金色の蛹が沢山下がったツリー。
「……じゃ、イブはそこ行こうか」
「やった!」
そんな顔されて、私が断れるわけがないのに。
◆◆◆
089 今年のクリスマス
「これ見て」
彼が指差すのは、ライトアップされた並木が美しい写真。
「昆虫園は?」
「今年は、恋人らしいとこに連れてくよ」
真っ赤な顔で、彼は言う。
「じゃ、イブはそこ行こうか」
「やった!」
彼は去年と同じ笑顔で、ガッツポーズを決めていた。
一緒なら、どこだって構わないのに。
◆◆◆
090 メリークリスマス
通学路に雪がちらちらと舞う。また、雪虫だとかなんとか考えているのだろうか、と彼をそっと見上げた。
「ホワイトクリスマスだな」
「あれ? 普通だね」
「俺だっていつも虫ばかりじゃないよ。はい、これ」
手渡されたのは小さなプレゼントの包み。中から出てきたのは昆虫図鑑だった。
◆◆◆
091 例えようもない
「これ、どう?」
初詣の待ち合わせにやって来た彼女は、いつもの制服とは違う艶やかな和服。その姿を何に例えようかと悩んだが、どんな虫も今日の彼女には敵わない。
「すごく、いい」
「嬉しい」
照れて色づいた頬から目を逸らす。彼女に見合う虫を見つけなくては、会話も出来ない。
◆◆◆
092 あのね
虫を取り上げてしまったら、彼はきっと生きていけない。では、私がいなくなったら、彼はどうなるだろう。
『昆虫と私、どっちが大切?』
あのね、と言いかけて飲み込んだ。
標本箱を磨く彼の横顔。
どっちも大事と言ってくれるのが一番嬉しい。趣味に一途な姿こそ、私が好きな彼なのだ。
◆◆◆
093 オオカマキリ 1 [カマキリ目 カマキリ科]
「今年は雪が多いとは思ってたけど、こんなにとはね」
「大雪、知ってたの?」
「カマキリの卵の位置が、すごく高かったんだ。雪に埋まらない場所を選んだのかな、って」
私は思わず、道路脇に積まれた雪の山に目をやる。
虫の知らせか、母の本能か。底知れない何かを、虫は持っている。
◆◆◆
094 オオカマキリ 2 [カマキリ目 カマキリ科]
「カマキリだけは飼うなって、親が」
彼はげんなりとした顔で言った。何かやらかしたんだろうとは思いつつ、尋ねてみる。
「何で?」
「昔、秋に採った卵を親に見つからないように箪笥に隠したんだけど、俺はそれっきり忘れちゃって。春に母さんが引き出しを開けたら――」
「やめて!」
◆◆◆
095 グラスロッド引抜式8本継36センチ絹網金具付
彼の部屋で見つけた謎の袋。
何これ、と聞くと、彼はにやりと笑って袋を開けた。中から出てきたのは棒と金属の輪。
「棒を伸ばして、先に輪を付けると?」
「虫採り網!」
「携帯用のね」
勢い良く振った網に入ったのは、私。
「……捕まえた」
身動きが取れない私を見て、彼はまたにやり。
◆◆◆
096 旅立ち
すっかり葉を落とした林で、冬越しする蛹を見つけた。スジグロシロチョウにスミナガシ、そしてナミアゲハ。
そういえば、ずいぶん前に彼女は言った。
「私、まだ蛹だから」
いつか羽化したら、俺の前から飛び立ってしまうのだろうか。
「いつ蝶になるの」
尋ねる勇気は、俺にはまだない。
◆◆◆
097 あいつらは持っている
「タイコウチは水中でも息ができるように、生まれつきシュノーケルを装備してる」
「ふーん」
「ガムシは翅の下に空気を溜めて、ボンベ代わりにする」
「うん」
「ゲンゴロウの脚は、オールの形だ」
「へえ」
「残念ながら、俺は人間だからどれも持ってない」
「プール、行きたくないの?」
◆◆◆
098 ヤマトシロアリ [ゴ(略)目 シロアリ科]
彼から生物の図表集を借りた。ミツバチやシロアリに関する解説と写真のページに付箋が貼ってある。
彼らしい、と図表越しにこっそり見たつもりが、なぜかしっかりと目が合った。行動パターンを読まれているらしい。
「社会性昆虫のことなら何でも訊いて」
読んでいる場所までお見通し。
◆◆◆
099 パティシエもきっと虫好き
『俺好みのスイーツがある』と、彼が気にしていたお店を覗く。
カブトムシをはじめ、アゲハにハチ――昆虫たちを精密に再現したお菓子は、確かに彼のど真ん中だ。
けれど、賭けてもいい。バレンタインに贈ったとしても、きっと彼は食べずに取っておく。
「美しすぎて食べられない」と。
◆◆◆
100 キタキチョウ [チョウ目 シロチョウ科]
下草の上で冬を堪えていた蝶の姿が、今日はない。吹雪で飛ばされたのか、雪に埋もれてしまったのか。
彼は言う。
「それも自然の摂理だろ」
私は雪を掻き分ける手を止めて呟く。
「かわいそう」
隣で腕組みしていた彼も「手伝うよ」と雪に手を突っ込んだ。
そういうところ、嫌いじゃない。
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