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021~040
021【ハナグモ】 クモ目 カニグモ科
虫オタクの俺なんかより、彼女にもっとお似合いの誰かが現れるんじゃないか。そんな不安がよぎる。
クモのように彼女を糸で動けなくしてしまえば、この先ずっと俺のものにしてしまえるだろうか。
「悲しいの?」
彼女に抱き締められて身動きできなくなる。捕われる幸せもあると知った。
◆◆◆
022【Queen Bee】
ミツバチたちは女王蜂に仕えるため、与えられた役目を果たす。社会性昆虫たる所以だ。
「お腹減ったな」
「宿題見せて!」
「家まで送ってよ」
かくいう俺も、彼女に尽くすことが至福の喜び――だろうか、悩む日々。
「……ぎゅっとしてくれる?」
前言撤回。一生付いていきます、女王様。
◆◆◆
023【スパイシーな香り】
可愛いだけでなく料理まで出来てしまう彼女。今日のメニューはドライカレーだ。
「……どう?」
「すごく旨い」
微笑む彼女の肩越し、台所に置かれたスパイスの小瓶が目に入る。
「コリアンダーって、和名がカメムシ草っていうんだ」
「……できたら食べ終わった後に教えて欲しかったな」
◆◆◆
024【ガガンボ】 ハエ目 ガガンボ科
「足、足りなくない?」
俺と一緒にガガンボを眺めていた彼女が顔をしかめた。
「足が細長いから、取れやすいらしいよ。もっと別な方向に進化すりゃいいのに」
「あ、でも、いちばん変に進化したのは人間だったりして」
生物は苦手だが視線は鋭い。俺はそんな彼女を密かに尊敬している。
◆◆◆
025【タガメ】 カメムシ目 コオイムシ科
学園祭が近いので、彼女にも我が部の催し物を宣伝する。
「生物部の展示、今年はすごいよ」
「目玉は何?」
「顧問のイケメン。来てくれた女子には先生と一緒に学祭を回れる券――っていうのは冗談で、本当はタガメを」
「絶対行く!」
「凹むなあ」
「も、もちろん目当てはタガメだよ?」
◆◆◆
026【アブラゼミ】 カメムシ目 セミ科
放課後、先生に怒られて凹んでいる彼を捕まえた。
「俺が悪いんだ。授業中寝たら怒鳴られて当然だよな」
「何でそんなに眠かったの?」
真面目な彼らしくない居眠り。私が尋ねると、彼は途端に瞳を輝かせた。
「徹夜でアブラゼミの羽化を観察してたんだ!」
「さっさと帰って寝なさい!」
◆◆◆
027【アキアカネ】 トンボ目 トンボ科
「あ、赤とんぼ」
「あれはアキアカネ。アカネ属の見分け方、教えたでしょ?」
「ごめん。よく覚えてないの」
彼は仕方ないなと言いつつ、「翅や腹の模様が違うんだ」と優しく解説してくれる。その笑顔に釘付けになってしまうから、何度聞いても頭に入らないのだ。また後で聞かなきゃ。
◆◆◆
028【クロオオアリ】 ハチ目 アリ科
彼は真顔で私を見つめる。
「アリとアブラムシみたいな関係が理想なんだ」
「もっと易しく」
「寄生じゃなくて、共生」
「まだ難しいよ」
「支え合える仲でいたいな」
はじめからそう言えばいいのに――と、そこで気付く。虫を例に出すのは、虫好きな彼なりの照れ隠しでもあるということを。
◆◆◆
029【オカダンゴムシ】 ワラジムシ目 オカダンゴムシ科
「丸まらないダンゴムシっているよね?」
「それはワラジムシっていう別物。あと、正確にはオカダンゴムシ」
「初耳。……私、無理やり丸くしたことある。無知って残酷」
彼についても同じ。皆、彼の素敵さを知らずに丸めようとしている。
「今覚えたからいいじゃん」と、彼は笑った。
◆◆◆
030【その虫の名は】
「今は名もない虫でも、いつか発見されて分類された時、そういう種なんだって名付けられるんだ」
「ふーん」
「人の心も同じ。名前がついて初めて、どんな感情かってわかる」
「詩人だね」
彼女が冷やかすから、続きは取っておくことにした。俺の場合、それは『恋』だったわけなんだが。
◆◆◆
031【アオムシサムライコマユバチ】 ハチ目 コマユバチ科
「アオムシサムライコマユバチって蜂がいるんだけどね」
「長過ぎてよくわかんない。もう一回教えて?」
「アオムシサムライコマユバチだよ」
「うん、アオムシサムライコマユバチね」
「そうそう」
「で、そのアオムシサムライコマユバチがどうかしたの?」
「残念ながら、時間切れだね」
◆◆◆
032【オニヤンマ】 トンボ目 オニヤンマ科
彼の眼鏡のフレームは青緑色だ。珍しい色なので尋ねてみると「トンボの眼鏡」と言う。
「オニヤンマのね。日本最大のトンボにあやかりたくて」
「夢は大きくだね」
「体長12センチだけどな」
「充分でしょ?」
彼は眼鏡になんか頼らなくても夢を叶えてしまう人だ。私はそう信じている。
◆◆◆
033【モンシロチョウ】 チョウ目 シロチョウ科
「モンシロチョウのメスは、すでにお相手がいる場合、他のオスの誘いを断るんだ」
「偉いね、虫なのに」
「俺は君の彼氏だけど、虫オタクで、かっこよくもなくて、勉強もできない。でも、君は人気があって――」
目を伏せる彼に私は言った。
「あなたが最初に誘ってくれればいいでしょ?」
◆◆◆
034【幸せな季節】
吹雪が去った後、初詣に出かけた。きゅっ、きゅっと雪を踏む音も二人分。
雪に叩かれた街路樹の枝は、一回り大きく見える。彼はそれを見上げて呟いた。
「冬には冬にしか会えない虫がいる。一年間、季節が当たり前に巡ってくれるのは、僕みたいな虫好きにとっては幸せなことなんだよ」
◆◆◆
035【オオスカシバ】 チョウ目 スズメガ科
「蜻蛉と蝶の雑種って、いる?」
「いない」
「でも、蝶みたいな体なのに羽根が透明で、羽音がして」
「オオスカシバだね。蛾だよ」
「大発見かもって思ったのに」
口を尖らせた私に、彼は嘯く。
「そういう大発見が俺の夢なの。……先、越されないようにしなきゃな」
と、ニヤリと笑った。
◆◆◆
036【トビズムカデ】 オオムカデ目 オオムカデ科
「ひゃくあし?」
「ムカデ」
「昆虫って6本足でしょ?」
彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。
「そう。百足は足が40本以上だから昆虫じゃないね。他に、クモは8本、ダンゴムシが14本、サソリは10本、ゲジは30本――」
彼女は「2本で充分!」と言い残して退散してしまった。
◆◆◆
037【17年ゼミ】 カメムシ目 セミ科
読書中の彼。珍しく、虫以外の本を読んでいるようだ。
「それ、数学の本?」
「いや、違うよ?」
彼が示した表紙には『素数ゼミ』とある。
「ゼミじゃなくて蝉。一定周期で大発生する蝉がいてね」
「蝉はいいとして、素数って何だったっけ?」
「…そこから説明するの?」と彼は苦笑した。
◆◆◆
038【アゲハタマゴバチ】 ハチ目 タマゴコバチ科
「何か得意料理ってある?」
「卵かけご飯」
「それ、料理?」
彼は口を尖らせる。
「卵は昆虫界でも人気食材なんだ。卵専門の寄生蜂や、ケラの卵を食べるゴミムシもいて――」
「人間は卵かけご飯だけじゃ生きていけないの!」
「じゃあ弁当作ってくれよ」
彼はおねだり上手なのだ。
◆◆◆
039【オトシブミ】 コウチュウ目 オトシブミ科
彼が拾い上げたのは、綺麗に折り畳まれた葉っぱの塊だ。
「オトシブミの揺籃だよ」
「ヨウラン?」
「ゆりかごって意味。この一番真ん中に、卵が入ってる。赤ちゃんは、中から葉を食べて育つんだ」
揺籃をそっと帰す手つきは優しい。
「なんか、いいパパになれそうだね」
「え、ええっ?」
◆◆◆
040【ゲンジボタル】 コウチュウ目 ホタル科
「ホタルは、棲む地域によって光るテンポが違うんだよ」
「私、みんな同じだと思ってた」
「関西はせっかちに点滅、関東はのんびりとかね。光は、会話代わりなんだ。光る早さが合わないと、カップルは不成立」
彼はつまり、私たちのリズムがぴったりだと言いたいのだ。
私も、そう思う。
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