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041~060
041【ハナカマキリ】 カマキリ目 ヒメカマキリ科
彼女が俺の手元の図鑑を指差した。
「このカマキリ、花みたいで可愛い」
「君に似てるよね」
彼女は頬を染めて、上手だねえ、なんて言っている。
「擬態っていうんだ。花のふりをして、寄ってきた虫をペろりと」
「で、私にどこが似てるっていうの?」
「……そういうところだと思います」
◆◆◆
042【毛虫にもいろいろ】
彼が難しい顔で顎を撫でる。今日に限って無精髭が目立つので、気にしているのだろう。
「……うーん」
「顎、気になるの?」
「ああ。このざらざらした手触り、何てチョウの幼虫だったかなあと思って」
「……毛虫?」
見慣れない髭に少し胸が騒いだのに、やっぱりそうなってしまうのか。
◆◆◆
043【シーズン開幕】
「いいことあった?」
「わかる?」
「鼻の下伸びっぱなし」
彼は子供のように無邪気に笑った。
「今日、今年初めて虫を見たんだ」
「よかったね」
言葉と裏腹に私の心は曇る。虫に彼を盗られる季節がまた巡ってきたのだ。
「今年は一緒に出かけようか」
「いいの?」
「一緒じゃなきゃ嫌だ」
◆◆◆
044【ゴ(略)】 ゴ(略)目 ゴ(略)科
ネットをしていた彼女が突然振り向く。
「昆虫館行こ? 約十五種の生体を展示しています、って」
「やだ」
素っ気ない俺に、彼女は不満げだ。
「俺が苦手なの知ってるよね?」
「ごきぶり?」
「言うし」
ディスプレイをこちらに向け、彼女は嫌な笑みを浮かべた。
「優位に立ちたいじゃん」
◆◆◆
045【ギフチョウ】 チョウ目 アゲハチョウ科
休みの前日、大量のフィルムを鞄に詰め込む彼。
「そんなに要るの?」
「去年借りた分なんだ」
話を聞けば、毎年、ある時期、ある場所でしか会えない蝶がいるらしい。フィルムは、その時期その場所でしか会えない虫仲間に返すのか。
「いろんな出会いがあるんだね」
「虫のおかげでね」
◆◆◆
046【おまけつきキャベツ】
「モンシロチョウってキャベツ食べるの? お店で買ったキャベツにはいないよね?」
「ちゃんと退治されてるんだよ」
「かわいそう」
同情したのか、彼女は眉を寄せた。確かに、チョウにとっては気の毒な話ではあるのだが――。
「じゃあ青虫付きのキャベツ、食べたい?」
「……無理」
◆◆◆
047【夜にすることといえば】
「今度、生物部の合宿なんだ」
彼はうきうきと言う。確か女子部員もいたはずだが、夜空の下でいい雰囲気に――なんてことはないのだろうか。
「合宿って夜は何するの?」
「夜行性の虫を捕まえるよ」
採集法について語り出す彼。
すっかり忘れていた。彼のような人の集団が生物部なのだ。
◆◆◆
048【キイロテントウ】 コウチュウ目 テントウムシ科]
「全部のテントウムシが肉食じゃないんだよね」
「そうだよ」
先日、俺をナナホシテントウに例えて逆襲された彼女。今度は勉強してきたようだ。
「じゃ、あなたはこの黄色いの」
「カビを食べる奴だね」
「え、私、カビなの?」
勝手に墓穴に落ちる。彼女はどうしても食べられたいらしい。
◆◆◆
049【立場逆転】
彼女が浮かない顔で呟いた。
「蓼食う虫も好きずきって言われちゃった」
タデは辛くてまずいが、それを好む虫もいる。
俺を良く思わない友人がいるのか。俺をけなされるのが彼女には酷く堪えるのだ。
「俺じゃなくて君が虫ってこと? それは可笑しいね」
彼女はほんとだね、と微笑んだ。
◆◆◆
050【俺にもわからないんだ】
帰り道、今日の彼は口数が少ない。眉を八の字にして黙ったまま。
「悩み事?」
「い、いや、全然!」
怪しい態度に、私はさらに問い詰める。
「……どの虫にこじつけたら、君に」
「私に?」
「キ――キスできるかな、って」
「普通に言ってくれて、いいんだよ」
私はそっと瞳を閉じた。
◆◆◆
051【ツバキシギゾウムシ】 [コウチュウ目 ゾウムシ科
『ツバキシギゾウムシは長い口で椿の実に穴を空け、卵を産む。椿は実の中央にある種を守るため、進化して実を厚くする。すると、ゾウムシの口も更に長く進化する』
私達に似ている。本当の彼に辿り着いたと思っても、違う彼が奥に見え隠れ。
私も口を長くしなくちゃと唇を尖らせる。
◆◆◆
052【四月の馬鹿】
エイプリルフール。
どうにかして彼女を驚かせたいが、俺には上手い嘘を考える才能なんかない。下手な嘘なら自信があるのだが。
彼女を捕まえて、試しにやってみることにする。
「俺、虫好きをやめようかな」
「そんなの、あなたらしくなくて好きじゃない」
「それって、嘘? ほんと?」
◆◆◆
053【オオミノガ 2】 チョウ目 ミノガ科
街路樹の雪が解けてから若葉が芽吹くまでの間は、やけに簑が目立つ。
「ミノムシって蛾?」
「ガの幼虫。雌は一生ミノから出ない種もあるけど、雄の方が来てくれるから事足りるらしいよ」
「彼氏選べないじゃん。私はやだな」
なるほど、では俺は彼女に選ばれたのかと喜びを噛み締める。
◆◆◆
054【セミタケ】 ボタンタケ目 バッカクキン科
キノコ図鑑。彼が読み耽っている本のタイトルだ。虫からキノコに鞍替えしたのか。
「キノコ狩りでも始めるの?」
私が尋ねると、彼は申し訳なさそうに開いていたページを示す。しばし絶句した後、私は何とか声を絞り出した。
「……蝉からキノコ、生えるの?」
「一応、虫でしょ?」
◆◆◆
055【クロアゲハ】 チョウ目 アゲハチョウ科
「俺、チョウだけは飼わないことにしてる」
夕空を舞う黒蝶を見つめる彼はひどく悲しげだ。
「昔、狭いケースで羽化させて、羽が折れ曲がったチョウにした。飛べないチョウほど切ない生き物はないよ。……君はどう?」
私は彼と一緒ならどこまでも飛べるだろう。
――そう、伝えよう。
◆◆◆
056【ツチハンミョウ】 コウチュウ目 ツチハンミョウ科
珍しく、虫に手を出さず見送る彼。
「捕まえないの?」
「毒を持ってる。触るとかぶれるんだ」
「過激だね」
「身を守るためだからね。他にも、体を棘だらけにしたり、臭いで驚かせたり。まったく無防備で生きてるのは俺くらいだよ」
そんな彼に勝てない私。毒でも溜め込んでみるべきか。
◆◆◆
057【ガガンボモドキ】 シリアゲムシ目 ガガンボモドキ科
俺が持参したケーキを旨そうに頬張る彼女。それを眺めながら、オスがメスに餌をプレゼントして、食事の隙に襲う――そんな虫を思い出す。
「何?」と、食べ終わった彼女は不思議そうに首を傾げた。
俺は伸ばした手を慌てて引っ込める。ホールで持ってこないと、時間が稼げそうにない。
◆◆◆
058【ハルゼミ】 カメムシ目 セミ科
彼は録音機器の点検中だ。何に使うの、と問うと、「そろそろセミの季節だから」と言う。鳴き声を録るらしい。
「セミって夏じゃないの?」
「ハルゼミってのがいるんだよ」
まだ肌寒い中、セミも彼もすでに活動を始めているのだ。私も負けてはいられないと、春服のチェックに勤しむ。
◆◆◆
059【飾らずにはいられない】
店先で彼女が勧めるのは、普段の俺なら手にしないであろうカラフルなシャツ。
「派手すぎない?」
「虫って雄の方が綺麗なんでしょ?」
今日のために予備知識を仕入れたらしく、彼女は余裕の表情を見せる。
「大丈夫、似合うよ」
笑顔に負けた俺は、着飾らざるを得ない雄の性を悟った。
◆◆◆
060【ウスバシロチョウ】 チョウ目 アゲハチョウ科
「透き通ってて綺麗!」
彼女が眺めているのはウスバシロチョウの標本だ。
「蝶の羽はもともと透明で、鱗粉に色が付いてるんだよ。そいつは鱗粉が少ないやつ」
「下手に隠さないほうがいいのに。……色々と、ね?」
「お、俺には秘密なんか」
「本当に?」
何がバレたのか、必死で考える。
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