エピソード 0  ボルドーの手帳

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それでも生真面目な彼女は席に戻ってから、買ったばかりのお気に入りの手触りがしっくりとくるボルドーの革の手帳を取り出してきて言われたように書く。 特に「向かいの人はオニツカさん」と書きツの上に目立つように点をつけた。 更にはオニツカを赤いペンで四角く囲み、その一行の下にも真っ赤なペンで二重線を書く。 絶対に忘れ無いように、と、ここテストに出ますぐらいの勢いで派手に飾りつけそのページの中で一番目立つようにした。 その数日後には慌ただしく次の部署へと研修場所が移って、詩織はあんな怖い人の部下にはなりたくないなと思いながら、慣れない中で言われた仕事を日々、朝から晩まで必死にこなしていった。 研修が無事に終わり、いざ正式な配属先へと辞令を受けてがっかりした。 いくつか経験した部署の中で一番上司にはなって欲しくないと思っていた、あの男の元に無情にも配属されたのだ。 それでも、多分直接彼の下ではなく、もうワンクッション位あるのではないかと安易に考えながら自分の席へと案内される後をついていった。 指導をするには年上過ぎる。 あの威張り方だ、多分三十近い年齢だろうから、とたかを括っていた。 案内された席は、彼の向かいの席だった。 ああ、どうして、神様。 その苦手な彼はやはり詩織の直属の上司ということになっており、「後は彼から聞いて」とにこやかに案内してくれた課長はあっさりとその場を立ち去ってしまい、詩織はその場に放り出されてしまったのだった。
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