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「今、女達の間で結構人気が出ている術者らしいぞ。占いから調伏、敬愛の道までなんでもござれだそうだ。道摩法師とか言うたな。右京のどこぞに住もうておると聞いたような気もするが……」
「姪御殿から、その者の住まいをお聞き頂けますか?」
「分かった、直ぐに問い合わせよう。後ほどそちらに文を届けさせるゆえ」
では、と晴明が立ち上がった。
「くれぐれも博雅殿にはよしなにな」
額に薄く汗をかいた中将の言葉が縋る響きを帯びる。薄く笑った晴明が軽く目礼を返した。
晴明が戻って来た屋敷の門前。中から珍しく春波の笑い声が聞こえた。
見れば草木の生い茂る庭を獣が走り回っている。しなやかな体躯、つややかな灰色の体毛に光が流れる。
大神(おおかみ)とも崇められる誇り高い獣。
その身体に漲る野生の美しさに知らず視線が引き寄せられる。
「そうら!」
ぽおんと春波が放った棒切れを、強靭な後脚で飛び上がった獣が口で受け止める。
「上手上手」
春波が手を打ち鳴らした。
はぁはぁと息を切らせながら、口に棒切れを咥えた獣が晴明の足元に寄ってくる。
投げろというように差し出されて晴明が苦笑した。
「それでどうであった?」
少女のように頬を紅潮させて駆けて来た春波が訊ねた。
「博雅が口にしたものは預かってきた。これからちょっと調べてみる」
「そうか……博雅、もっと遊ぼう」
駆け出した春波の後を獣が追う。
「その辺で止めておけよ。人の姿に戻った時、身体の節が痛むぞ」
後ろから晴明が声をかけた。長い尾が返事のようにひょいと振られた。
奥まった北の対に入ると、部屋の中央には博雅の身体が横たえられていた。
魂を抜かれた肉体は眠るだけ。そのままにしておけばいずれ弱って死んでしまう。
掛けられた衣を捲ってそっと胸に手を当てる。心の臓が打っていることを確かめて安堵を覚えた。
味部の中将から預かってきた袱紗を開く。中には何かの乾した肉……ひょっとしたら狼の肉かもしれない。
そっと指で抓んでみるが、何も感じられない。
これに呪がかかっていたとしても、それはもう発動してしまっている。
傍らに眠る博雅にもう一度目を転じる。
安らかな寝顔。その額に指を当てる。意識を集中してみるが、何も感じられない。
微かに眉根を寄せた晴明が博雅の胸元に手をかけた。松重の狩衣の喉元の蜻蛉を外して前を開く。
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