第1章

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肩口に食い込む長い爪、ハッハッと頬にかかる熱い息、目の前に剥き出された白い牙。 晴明の瞳が見開かれる。 ―――狼。 洛中にいるはずもない野生の獣。 「晴明ッ!」 紗羽の瞳に金の炎が燃え上がる。 「―――紗羽」 自分とほぼ同じ大きさの獣に圧しかかられたまま、晴明が紗羽を制した。 と、門の方が騒がしくなったかと思うと、庭に大勢の人が踏み込んでくる気配がした。 「晴明殿!」 庭先で抜き身を下げているのは、源博雅の近習たちだ。 蹴破られた蔀戸とざっくりと裂かれた御簾。乱れ倒れた几帳の中、獣に組み敷かれている晴明の姿を認めて刀を構える。 「なんと―――今、お助け申します!」 後ろを固めた雑兵達が、背中に負った筒から矢を抜き取ると弓につがえた。 「待て!」 叫んだつもりが上に乗った獣に胸を押されて、声が通らない。 抜き身を引っさげて階を駆け上がりかけた近習たちが、すいと簀子に現れた女に足を止める。 薄紅梅の水干に背中に流した波打つ黒髪。白い小さな顔の額には赤い印。 硬質な瞳が近習達をちらりと眺めて、晴明に視線を転じる。 「―――どうした」 言うなり落ちた御簾を踏み越えて室内に入ると、恐れる風もなく晴明の傍らに歩み寄った。
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