13人が本棚に入れています
本棚に追加
肩口に食い込む長い爪、ハッハッと頬にかかる熱い息、目の前に剥き出された白い牙。
晴明の瞳が見開かれる。
―――狼。
洛中にいるはずもない野生の獣。
「晴明ッ!」
紗羽の瞳に金の炎が燃え上がる。
「―――紗羽」
自分とほぼ同じ大きさの獣に圧しかかられたまま、晴明が紗羽を制した。
と、門の方が騒がしくなったかと思うと、庭に大勢の人が踏み込んでくる気配がした。
「晴明殿!」
庭先で抜き身を下げているのは、源博雅の近習たちだ。
蹴破られた蔀戸とざっくりと裂かれた御簾。乱れ倒れた几帳の中、獣に組み敷かれている晴明の姿を認めて刀を構える。
「なんと―――今、お助け申します!」
後ろを固めた雑兵達が、背中に負った筒から矢を抜き取ると弓につがえた。
「待て!」
叫んだつもりが上に乗った獣に胸を押されて、声が通らない。
抜き身を引っさげて階を駆け上がりかけた近習たちが、すいと簀子に現れた女に足を止める。
薄紅梅の水干に背中に流した波打つ黒髪。白い小さな顔の額には赤い印。
硬質な瞳が近習達をちらりと眺めて、晴明に視線を転じる。
「―――どうした」
言うなり落ちた御簾を踏み越えて室内に入ると、恐れる風もなく晴明の傍らに歩み寄った。
最初のコメントを投稿しよう!