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上に乗った狼が首だけを回して底光りのする瞳で春波を見つめる。
しなやかな肢体、ふさふさとした尾がひゅんと振られた。
「なんと、かわゆい姿になって」
跪いた春波が腕を伸ばして獣に触れた。引き寄せてその首を抱く。
「どうしたのだ?面白いぞ、博雅?」
のっそりと獣が晴明の上から退く。褥から起き上がった晴明が、枕元に転がっていた立烏帽子を被り直した。
ひとつ大きく溜息をつく。
雑兵を庭に置いたまま、近習の数人が簀子に上がってきた。
狼から距離を取って訝しげな視線を春波に投げる。
「……その獣が我が殿ですと?何を戯けた事を。殿は屋敷に居り申す」
「主(ぬし)たちには分からぬのか。これは博雅じゃ」
灰色の毛並みの獣に頬を摺り寄せて、春波が言い返した。
「そうだね。この獣は博雅だ……波動で分かるよ」
紗羽も脇に座り込んで頭を撫でる。狼が鳶色の瞳を細めた。
「こっちの姿も案外いいんじゃない」
「かわいやのう」
二人に交互に撫でられて、嬉しいのか困惑しているのか、獣が低く唸り声を上げた。
「―――晴明殿?」
立て直した几帳の蔭で衣を整えた晴明が、簀子に歩み出てきた。
狩衣の重ねは表が二藍、裏が青の桔梗。指貫は紫浮織。
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