第1章

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困り果てた様子の近習が、涼しい姿の彼を仰ぎ見る。 「この者たちの言うとおり、これは博雅だ」 「晴明殿」 「というか博雅の魂(たま)が獣の中に入っているのだな……屋敷に居ると言う博雅は、もしかしたら眠ったままではないのか」 眉を顰めて言われて、近習たちが顔を見合わせる。 「言われてみれば……」 「しかし、そんな―――馬鹿な」 恐る恐るといった態で、そっと獣に視線を流す。 ぱたぱたと長い尾を振った獣が、はっはっと赤い舌を出し鳶色の目で見つめ返してきた。 「確かめてみるか?」 晴明の声に近習が頷く。 「しかし、いかにして?」 そうだなと少し考えた晴明が、紙と硯を持ってくる。 「えーと……お前の得手は笛か和琴か?」 『笛』と『和琴』の二文字を紙に書いて、獣の前に置く。ぺた、と肉球のついた前足が『笛』の文字の上に置かれる。 「先週の歌会で、主上の前でお前が奏した曲の名は?」 『蘭陵王』『十天楽』『青海波』と書いた文字の上に、また前足が置かれた。乾いていない墨がついてしまった前足を、嫌そうにふるりと振る。 「おお、お上手お上手」 にっこり笑った春波が獣の耳を撫でた。 「どうだ?」
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