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「……春波、少し黙っていろ」
近習たちがぞっとした表情になるのを見て、晴明が額に指を当てた。
不承不承、春波が狼の口から指を抜く。獣がぶるっと頭を振った。
晴明があらためて近習に向き直る。
「どうやら狼の身体に魂を入れられた様子、かなり強い呪とみえる……いつ呪をかけられたのか、心当たりは?」
顔を見合わせた近習が、ぽつぽつと話し始める。
「今朝起こしに行ってみると、褥の中の殿の横にこの獣がおり申して」
「追い払おうとしましたが、いっかな殿から離れようとせず」
「離れては近づき、または離れてと、誘うような動きについ後を追いかける形になり」
「こちらの屋敷に飛び込んで来たのです」
「昨晩、何か変わったことは?」
「変わったことと申されましても……」
晴明の問いに近習が首をかしげる。
ぴくりと顔を上げた獣が立ち上がる。座っていた近習がぎくりと身を引いた。
狼は部屋の中を足音も立てずに歩き回って、文机に鼻面を押しつけた。
「何だ?」
立ち上がった晴明が机を覗き込むと、獣の鼻先には箱に入った横笛。
「……笛?」
そうだと言うように、獣が鳶色の瞳を瞬いた。
「昨日、博雅は歌の会でも行きましたか?あるいは楽に関係した何かは?」
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