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失意に暮れて帰宅すると祖父がテレビを見ながら珍しい漬物を食べていた。
「じいちゃんそんなもんどこから引っ張りだしたのさ、腐ってんじゃないの?」
「ダイジョブじゃろ、冷蔵庫にあったしのう」
僕も喉が渇き、冷蔵庫を開けると祖父が庫内をまさぐったせいか、また配置がかなり荒れていた。
そんな中、ある信じられないものが目に飛び込んできた。
チョコレートだった。それも、どこか見覚えのある外装たっだ。
ふと、ある思い出が蘇る。去年まだ母が居たバレンタインデー。
母は僕にチョコをくれた。しかし同じチョコを何個も買っていたのだ。
賞味期限の長いチョコが安売りされていたからと、ズボラな母が来年分に。などと嘯きながら余分に買っていたのを思い出す。
その箱の裏には今年の年号と、母の字で「ハッピーバレンタタイン」と、そして僕の名前が記入されていた。
喉の奥に熱い何かがこみ上げる。思いがけない形で届いた時を超えた母からの贈り物に目頭が熱くなる。
母が死んで以来、僕は強くなろうと決めたのに、涙は流すまいと決めたのに。
その信念が、決心が、涙とともに零れ落ちそうになる寸前。
ピンポーン
間抜けた自宅のインターフォンが聞こえた。
テレビの音しか聞こえていない祖父にかわり、対応する。
「あ、ちよちゃん、とお母さん」
「とりっくあとりーとぉ!」
「え?」
隣の家の子、昨年幼稚園の年長さんになった女の子ちよちゃんとそのお母さんが玄関にいた。
ちよちゃんはその小さな両手いっぱいに袋詰めされた手作りであろうチョコを持ってそれを時季外れな呪文とともに差し出してきた。
「けいくん、こんにちは。10月にこの子にお菓子くれたでしょう? そのお返しなんだって。貰ってあげて」
僕はその袋を受け取った。
「ありがとう、ちよちゃん大切に食べるよ」
そう最大限かっこつけてお礼を言うとちよちゃんは僅かに顔を赤らめながらどういたしましてと誇らしく言って帰っていった。
危ないところだった。危うく信念も決心も尊厳も信条もその全てを涙と共に流してしまうとこだった。
急なまさかの来客の登場により、僕はギリギリそれを堪えることができたのだった。
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