父の男

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 過去を思いだし、息苦しさを覚え、蛍はブレザーのネクタイを緩めて、肺へと通る酸素の量を増やした。  原因不明の心の病。  診断されたのは、昭弘が他人だと知って、まもなくのことだった。うまく呼吸ができなくなり、心臓が痛んで何度も教室でぶっ倒れた。  心の病気だとわかって、ショックを受けたのは、患者である自分よりも昭弘の方だった。  口では一言も、それらしいことを言わないが、後悔という文字がくっきりと、その全身に浮き上がっていた。  あちら様も、それなりに心労が絶えないと言うところか。  喉が詰まるような息苦しさを覚える。  またか。  食べ終わった弁当を傍に置く。  意識を失くすであろう前兆がわかってきたのはいつだっただろう。  律儀に精神科へと足を運んでいた日々はいつだったろう。  昭弘に、もう治ったよ、と嘘をついたのは、どうしてだったろう。  昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。体が酸素をとりこめず、苦しくて教室へ戻れない。  屋上には自分以外誰もいないから、この状況を教師に伝える術もない。  さぼり、か。  十月の温かいような寒いような、ちょうどいい気温に気持ちを集中させる。  秋の気候は昭弘に似ている。  過ごしやすいというのは、悪く言えば、どっちつかずなのだ。温かくも寒くもなれない。
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