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まるで私の心を見透かしているかのように彼女はケラケラと笑っていた。
「すまないね。また話しが脱線してしまった。どうにもいけないね。久しぶりに人と会って会話をしているから楽しくて仕方がないのだよ。少しだけ許してくれると嬉しいよ。さぁ。聞きたいことは何でも聞いてくれたまえ。私に分かることなら何でも答えよう」
またしても両腕を広げて全てを受け入れる姿勢を見せてくる。いつの間にか神倉さんに魅入っていた自分に驚いていた。手帳とペンを握りなおすと気を取り直す。
「ヴンシュ病というのは世界に数人しか患っていない奇病だと聞いています」
「そうだね。私を含めても10人いないんじゃないのかな。とは言え、皆私と同じように患者は隠されているようだからね。本当はもっといるのかもしれない」
「特殊な症状のせいですね」
「そうだろうね。この病気は感染した時から肉体的年齢をとらなくなる。老化のメカニズムというのは諸説ある。細胞が外部刺激を受けて損傷したまま分裂することで損傷した細胞が残ってしまう。もしくは細胞自体が分裂を繰り返すうちに損耗していく。そのあたりははっきりしていないが、この病気にかかると、患者は細胞が修復されるようになる。
細胞が損耗しようと傷つけられようと、自己修復するようになる。とはいえ、感染した時の細胞よりも良くなることはないのが不思議なところだけどね」
そう。つまり、この病気になった時点で老化がとまり一切歳を取らなくなるのだ。ぐっとペンを持った拳に力が入る。
「老化が止まると言うことですね」
「そうだね。言ってしまえば、この病気の患者は老衰で死ぬことはない。とはいえ死なないというわけではないのだよ。事故にあえば死ぬし、病気にかかれば死ぬ。不老ではあっても不死ではない。実に興味深いだろう?」
「不老というだけでも人類の夢の一つですよ」
だからこそ、各国はその症状を研究するために患者を秘匿しているともいえる。その知識を自分の国だけで独占したいのだ。
「まぁ。そうかもしれないな。この病気にかかった患者の一番多い死因を知っているかな?」
「……いえ。分かりません。病死でしょうか?」
神倉さんがにやりと口元を歪める。
「自殺だよ」
最初私を出迎えた時と同じ笑顔で彼女は言った。
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