ごめんなさい

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ごめんなさい

「ごめんなさい」  家に帰った時、真っ暗な部屋の電気を点けると、テーブルの上にそう書かれたメモだけがあった。 三年間付き合っていた彼女は、大量にあった彼女の荷物とともに僕の部屋から消えていた。  彼女の名前は「桜川紬希」。彼女は僕のすべてだった。 僕は、会社では目立たない「空気のようなヤツ」と呼ばれていた。 平凡な顔立ち、やや小柄で力もなく、仕事も特に大きな成功も失敗もない。 お喋りではないけど、無口なわけでもない。ただ、話も特におもしろいわけでもない。名字もよくある「佐藤」だ。 とにかく個性がない僕に、紬希はいつも笑顔で話しかけてきてくれた。 憧れの人。 当時の僕にとって、紬希はまさに憧れの人だった。 明るくて、人気者で、美人で、とにかくキラキラと輝いていた。 毎朝、出社するたびに見かける彼女の笑顔に癒やされ、お昼休みに食堂で大勢に囲まれて楽しそうにお喋りをする彼女を見て胸をいっぱいにし、定時になって帰宅する彼女の姿を見つけるたびに家はどこなのだろう、どんな家に住んでいるのだろうかなどと妄想に浸った。 そんな素敵な天使のような彼女と道ばたの石ころのような僕とが、恋人になれたのは奇跡だったのかもしれない。     
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