逸話の中の童

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抱き締めたい 例え感情を写さなくても、 無為なことだと分かっていても、 力一杯抱き締めて、 泣き叫ぶことができたなら、 日だまりの匂いと煙草の匂い それに顔を埋める事ができたなら、 もうなにも思い残すことなどないと、 そして気づいた。 この世界は幻想だということに、 ここにいること自体が、 まやかしだと こんな幸福に浸っていいわけはないと、 それでも願った。 どこまでも純粋な感情は、 胸にわだかまりを作り出す。 理屈ではなく、 それは心という不可思議に、 惑わされて出てきていた。 彼女達は、 手を広げた。 おいでというように、 こんな私を受け入れようと してくれていると思った。 それが例え自分の記憶ですらないと 知ってしまっても、 彼女と彼を思う心が 刷り込まれていた ものなのだとしても、 この今の鼓動は、 本物だと信じていたかった。 泡が漂う。 風もないこの世界で、 二人と一つだけが時なき刹那を 秘めていた。
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