逸話の中の童

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この世界はなにもない。 歩きながら、 感じていた。 見るべきものも、 知るべきものも、 なにもない世界。 だから本になにも書いてないのだと、 勝手に思った。 だから歩こうと思った。 この先には何があるのだろうと もしかしてあの人達も いるかもしれないと思ったから、 たった一つだけ残った 誰かの記憶が私の存在を繋いでいた。 フックのように、 わたしの心に返り刃が反っていた。 私は裸足。 歩く度に、 寒いような温いような 硬いような柔いような 地面のようなものを 本を片手にもって、 踏んで歩く。 雲ってこんな感じかなと、 心を浮き上がらせていた。 静かに足がついて鳴る。 ペタ、ペタ、ペタ、ペタ スッ、スッ、スッ、スッ 服が擦れる音と踏み鳴らす音 それだけだった。 周りを見るのは怖いから、 前だけを見て歩いた。 一人ぼっちを頭から 忘れようと足だけ動いた。 まだ響く。 自分の耳のなかで 静かな音が木霊するのが、 少しだけ歩くと、 目の前に見えるものがあった。 泡。 それは下からシャボン玉のように 浮き上がるいくつかの泡だった。
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