夏模様、みずいろゾーン

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 長くて長いだけの舗装された一本道が田んぼの真ん中を突っ切っている。遠くには山、高くにはお日さまがこんにちは。三歩ぶん前を歩いているチカ子が、明るい茶髪の毛先をぴょんと跳ねさせながら振り返る。白いブラウスの胸元に青いリボンが花を咲かせているよう。同じ高校の制服なのに、ふふふと笑うチカ子の着こなしはとても上手だった。 「へーい、夏が誘ってる」  チカ子は生き生きとしている。  わたしは死にそうだった。  汗だらけ、髪はべたべたするし、服も崩れて、みっともない弱音を吐き、背中を丸めて、のろのろ歩く。 「あちいよお」  面談とか、補修とか、学校へ行かなければならない夏休みの用事が終わった昼過ぎ、午後のバスを待たずに帰ろうとチカ子は言った。夏に誘われたチカ子には、気温も距離も時間も気にならないらしい。すでに校門を出てから一時間が経っていた。家までの道のりは半分も残っている。もう温度とか考えたくない。わたしの頭は溶けそうなのは、日差しのせいで、アイスみたいに。   腕を組んでは空を見上げ、道端の草を指先で揺らし、何を思ったか、チカ子は背中を曲げて徒競走のポーズ。わたしは追いついて、追い越し、後ろ向きに歩きながら、面倒くさいけど、最後の一言だけ、ぼそっと言ってあげる。 「どーん」  チカ子は走り抜けていった。道路の真ん中に黄色いバリケードが立っている。飛び越えた。ハードル走みたいに。「立入禁止」の上にパステルブルーのパンツが見えた。足が着地する。水しぶきが跳ねる。チカ子の体が消える。 「え?」  空が見える。  山が見える。  あたりは田んぼ。  くそあちい。  立入禁止。  水たまり。  ていうかチカ子どこだし。  まあ確かに変な子だけど。東京から転校して田舎生活をエンジョイしてるのに都会風なソフィスティケイテッド(洗練された)ヘアカラー&ヘアスタイル&着崩しセーラー服と男子からのエロい目線とパンチラと成績優秀とスポーツ万能と帰宅部と――  あー。くそあちい。  取りあえずバリケードから上半身を乗り出してみたら、水溜りがあった。 「ちかこー、いるかあー」  水面が揺れて、チカ子が写った。小さく手を振って、こっちを見ている。「はろー」とか言えば似合いそうな感じ。あっちのチカ子が大きく口を開けて「お」の形をつくる。声は聞こえない。次は「い」で三つ目は「え」に見えた。おいえ。おいで?  
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