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「洗剤とチョコミントと、吐いた匂い」
「悪かったな、臭くて」
「と、林の匂い」
こいつの無防備さは、俺から理性を奪う。
俺は夢中でキスをした。
二人とも、息継ぎがまともにできないでいることを、頭の片隅に置き去りにして、ベンチに押し倒し、向井自身を撫でた。
「林っ……?」
良いムードなど作れない。
甘い時間を育てられない。
欲しがってばかりで、相手の気持ちも確認せず、これじゃあ動物と同じだ。
でも。
「考え事か? 林は顔にすぐ出るな」
背中に回った向井の腕が、俺を引き上げ、唇を重ねてきた。
俺だけじゃない。俺の独りよがりじゃない。
向井の呼吸が上がっていく。
ベンチが俺達の重さで、ガタガタと揺れる。
これは現実だ。
俺達は偽りなく、ここにいて、ここでお互いを許した。
お前は幻想じゃない。
向井の学ランを肌蹴て、心臓の位置へと手をのせる。
脈が耳まで伝わってきた。
「欲しいのか?」
向井が苦笑する。
「俺は臓器コレクターじゃねえよ」
ただ。
「動いてんなあって、思っただけだ」
「心臓は止まれと命令しても、止まらない」
「悪ふざけで死なないように、意思と切り離された、命の要ですからね」
「ああ」
向井は瞼を閉じ、吐息とともに開けた。
「なあ、林のを俺にくれないか?」
「くれって、心臓をか?」
「ああ」
胸の中心に、指を当てられる。
「代わりに林には、俺のをくれてやる」
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