第一章 1

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 誰かが向井学はコウモリだといっていた。  グループらしきグループに属さず、どこにでも良い顔をし、どこにでも飛んでいくのに、誰にも本当の自分を見せようとしない。  あいつは捕まえられることを拒むコウモリ。  そう、奴は、コウモリはコウモリでも、実体があるのにないような、違和感を抱かされる存在なだけで、罵りの意味で使われるコウモリではないのだ。  ようするに、周囲の変化を見て、優位な人間の味方になるコウモリではないってこと。  逆に、いじめを受けている生徒にも普通に近づくお人よしだ。  あいつはいじめている側もいじめられている生徒も平等に扱い、同じ笑顔を向ける。  いじめている側が、どれだけいじめられている生徒の悪口を言っても、「そんなに悪い奴じゃない」の一点張りを通した。  そのくせ、あいつはいじめる側を、怒ることはしなかった。それよりも、いじめられている生徒以外の話題をふった。たくさん、たくさん。そして、奴らの話を聞いた。たくさん、たくさん。  いじめられている生徒は、いじめられていた生徒になった。  断っておくが、俺、林大輔は向井学の友達でもファンでもない。  奴に関する話が耳を塞いでいても、記憶に残ってしまうほど、漏れ聞えてくるのだ。  男子校なのに、だ。  向井は陸上部の期待の新人だ。  高校入学当時から、新聞部に取上げられている有名人は、芸能人並みにプライバシーがない。 図らずも新聞部が伝えてくれる内容は、向井の人のよさを際立たせた。  俺から見ても、向井は筋が通っていた。あいつの中には、あいつの秩序があるのだろう。  奴は象徴なのかもしれない。自分を救ってくれる。  コウモリ。  それは、捕まえられないことへの苛立ちと、自分達への慰めだ。だから、向井が一人でいる姿は見たことがない。いつも誰かと笑っている。誰かとふざけあっている。  コウモリ。  あいつは、飛び続けるコウモリ。  さあ、誰が寄り添える?
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