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マンションの一室に帰ると、タイミングを見計らったように携帯電話がバイブした。
画面に『エロじじい』と表示されている。
親父だ。
ほいほいと女を垂らし込み、セックスをすれば孕ませ、金を湯水のように渡している男。
母さんが言うには、糞親父は他の女のガキとはキャッチボールやテーマパークへ遊びに行ってるらしい。女も一緒に。
周りから見れば、仲の良い家族の休日風景ってか。
俺にそんな思い出はない。
一年に一度の手紙には、携帯の番号しか載せられず、元気かの一言すらない。
たぶん、親父が義兄や義弟と遊んでいる間、俺は格闘技の練習に明け暮れていた。
今日の今日まで自分からかけてこなかったくせに、今更、何の用だか。
テメェには俺よりも大切なガキがいるんだろうが。
腹が立つのは、一度教えた自分の携帯番号を変えることができない俺自身。
手紙の一枚も、電話にでる一秒も、怖くてできねえくせに、親子の心の糸を断ち切られたくないと思っちまう俺自身。
携帯の機能が留守番電話サービスへと切り替わり、数分後、切れた。
窓の外からザアザアと雨の音がする。
俺は息を吐きながら携帯を操作し、耳へと当てた。
「留守番電話サービスです」
女のアナウンスが入り、メッセージを再生するかどうかと聞いてくる。
俺は唾を飲み込んで、ボタンを押した。
雨の音が聞え、次いで男の声がした。
「大輔か」
太い声。何年ぶりだろう。親父の声。こんなだったっけ。
「お前に話さなければいけないことがある。屋敷へ来い。いいか? 必ず来い。大切な話だ。お前の命に関わってくるかもしれない」
俺の命?
「慶子には言うな。あいつは耐えられない」
慶子。母さんのことか。
「大輔。俺は屋敷でお前を待っている」
メッセージはそこで切れた。
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