第一章 1

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「担任?」  頭上から降ってきた声に、心臓が飛び出すかと思った。 「へ?」  しまった。声が裏返った。  向井が俺の前の席の椅子を引張りだし、こともあろうか座った。  おい、居座る気じゃねえだろうな。 「それ、担任に押し付けられたんだろ?」  アンケートを指で示される。 「手伝ってやる」 「いや。もうすぐ終わるから、俺一人で」 「一日一善。良い心がけだろ?」  向井は有無を言わさず、アンケート用紙の半分を手にした。  一日一善なんて久しぶりに聞いた。  俺の心の指針になっている言葉。  過去にした古い約束。  溜息をつき、周囲を見回して、誰もいないことを確認する。  集計の仕方を教えようとし、目を見開いた。 「ごめん」  それは、か細くて聞き取れないようなほど小さい声だった。  だけど、確かに、向井は俺に謝ったのだ。  厄日だと思った。  関わりたくない人間に、関わりたいと思うなど、どうかしている。  俺は返答をせず、今度こそ集計の仕方を伝えて、二人で黙々と作業にかかった。
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