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母さんと親父の出会いを、俺は詳しく知らない。
だけど、過去の積み重ねと今の状況から、母さんが十八で俺を生んだことや、俺を生むために家を出たことは分かる。
母さんは過去を口にしない。
するのは、俺に親父の跡を継いで欲しいという未来の話。
旦那を寝取られても、自分の子供が跡継ぎになることで、女のプライドを守りたいのだろう。
この学校の教師と脇田や西山は、俺の親父のことを知っている。それでも俺を受け入れてくれた。
受け入れてくれたんだ。
担任は最後に礼をいい、俺は教室へと鞄を取りに向かった。
教室から離れていたのは、五分か七分だったと思う。
それほど時間は経っていない。
なのに、そこは数分前とは様変わりしていた。
電気が消えているのに、教室の片隅で黒い塊が群れている。俺の机が周辺の机もろとも、引っくり返って、中身が床にぶちまけられていた。
俺は出入り口に棒立ちになり、状況を把握するにも、頭が追いつかなくて、声すら上げられない。
「ねえ、これ、気持ち良い? 力を抜いて。上手く入らないだろ」
黒い塊から男の声がする。
その声に呼応するように、誰かの息遣いがした。
「ああ、口を塞がれていたら、返事もできないね」
細胞が吐き気と嫌悪感を、同時に訴えてきた。
「ちゃんと押さえてろって言っただろ! カメラがぶれる」
高村か。
じゃあ、被写体は。
俺はドアを勢いよく閉めた。木が乱暴にぶつかる。
黒い塊が、花びらを広げるように、中心から離れ、こちらを見た。
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