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開き掛けたドアノブの音を立てないように閉めて、朝陽は裏口から後退りした。
入ってすぐの場所でキスなんかしないで欲しい。
自分だったから良かったものの、関係を知らない他の誰かだったらどうするつもりだったのだろうか。
(あ。棚上げしたけどいいか)
自らの事はなかなか客観的に見られないものだ。
「朝陽さんおはようございます、入らないんですか?」
「おはよ。今ちょっとその、オーナーが沙羅と立て込み中で……終わったかもしれないけど、えーと、あと一分は待とうかな」
口篭った朝陽の様子を見てイチは、そういうことですか、と笑った。
熱波でふわりと朝陽の"香り"が匂い立つ。
実際には気の所為で、香水も何の香りもしないかもしれない。
「今日フェロモン出しすぎじゃないですか、あんた」
「……変な詮索するなよ!イチのその無駄な『六感』は他に使い道無いの」
思い当たる行為に赤面して、朝陽はイチの肩をぐいと遠くに押しやった。
昨日はほろ酔いになったのをきっかけに、日頃の愚痴を高之に曝け出して、その後勢いでセックスにもつれ込んだ。
二度目は高之が、三度目は朝陽が求めた。
三度は今まで無かったかも知れない。
最後は互いに力無く、果てるまでちんたらとひたすらに緩慢だったが、昨夜に限っては憎たらしい昇の知らない所で自堕落で淫らな事をしていると思うだけで気分は良かった。
早朝に、怠い身体を引きずってしっかりとシャワーを浴びて来たのだが。
「直感なだけで。想像とかしてないですから」
「当たり前だろ、馬鹿」
酔った時の記憶を辿るほど恥ずかしかった。
朝陽は話を無理矢理切り替える。
「こんな話の後であれなんだけど……台場の件、行こうかなって半分くらい思ってるから。一応伝えておく」
「その事なんですけど」
遠巻きにされた場所から、珍しく迷った口調でイチが言った。
「断りませんか」
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