母への思い

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母の頭 を持ちあげて管を左鼻腔から入れていく。だが鼻腔の湾曲がありチューブは入らなかった。母の急変を目の前にして精神がギリギリの状態だったから入れる事が出来なかったのだろう。そんな私を見て母は嫌な顔一つせずにじっと私の目を見つめている。その時の母の顔は昔、私が悪戯をして母を困らせた時の顔と一緒だった。仕方ない子だねと見つめる母。母は話す事が出来ないけれど、もういいよと私に言っているように思えた。もう十分に生きた。お前に生かせてもらったよと母の無言の声が聞こえて来たような気がした。私には母の思いが手に取るように分かった。だが、姉の方はもっと治療をして生かせてあげてほしいと言うのだ。私は仕方なく姉の思いにこたえることにした。仕方なくではない。結局は私も母をまだ死なせたくなかったのだろう。母を失う事への辛さが私の精神状態をさらにぎりぎりまで追いつめていたのかもしれない。だが、人工呼吸器を付けても母の命は 一週間しか持たなかった。この一週間の間、私の脳裏には、何十年と言う母との思い出が鮮明に甦って来る。その度に私は母への別れを告げていった。深夜の23時ごろ家族に見守られて母は静かに息を引き取った。私は母にできるだけの事はしたと思いたかった。自分の精神が本当にギリギリの状態での母への治療だったのだ。姉も十分だよと言ってくれた。だが母はどうだったのだろう。もう命がつきかけていたというのに私と姉の自己満足のために、受けた医療行為が母にとってはつらく苦しいものだったのではないだろうかと思った。私は心の中で母に誤っていた。「母さんごめん」そして、目にうっすらと涙を浮かべながら声を殺して泣いていた。
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