六章

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 どこかの岸に激しく打ちつけられる。  目の前に女が立っている。  白銀の髪のリリアが。 「あなたはもう疲れてるはずよ。一人で生きていくことに」  ワレスはむせた。たらふく飲んだ水を、せいいっぱい吐きだした。 「ああ。そうなんだろうな。きっと。だが、それでも、おれは一人で生きていかなければならないんだ!」  切りつけると手ごたえがあった。女の体がゆらいで、くずれる。 「おまえの恋は終わったんだ」  それは、ワレス自身に言いきかせた言葉だったのかもしれない。  あのとき、ワレスがティアラに心ない言葉をあびせたのは、彼女の瞳があまりにも澄んでいたからだ。  この人をおれの運命の道づれにするわけにはいかない。  そう思ったから。 「リリア。おまえは二百年で五十人の男を取り殺した魔女だ。でも、おれだって、けっこうな数を殺してきた。わかるか? おれが愛した人は死んでしまうんだ。ぐうぜんなんかじゃない。たった二十年やそこらで、十人以上の人間が死ぬか? おれには死神が取り憑いてるんだよ」  だから、もう二度と、この封印の扉はひらかない。  自分の言葉で追いつめて、最愛の人を死なせてしまったとき。ワレスは決心した。  もう誰も愛さない。  自分の運命の生贄(いけにえ)にした人たちの死体だけを抱いて、生きていこうと。  でも、それでも、ティアラはみずからの命を絶とうとした。ワレスの拒絶の言葉など、ものともせずに。まっすぐに、ワレスの心にとびこんできた。 (おれだって。好きだった。ティアラ。おまえのこと)  人づてに聞いた話では、ティアラは一命をとりとめたそうだ。  あのあと、一度だけヴィクトリア邸に行ってみたことがある。外から屋敷をながめるだけで、なかへは入らなかった。  それで充分だった。  ティアラの命が助かったのは、たぶん、寸前でワレスが思いとどまったからだ。ティアラと生きる道を、ワレスが放棄したから、死神がゆるしてくれたのだと思う。
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