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「今日はお供のかたはいないのですね」
「帝立劇場においてきました。わたくし、ぬけだしてきたの」
「いけませんね。言ったでしょう? あなたのようなかたが、一人で歩いてはいけないと」
「でも、あなたに会いたかったのです」
「ご主人に知られたら、どうするのです?」
「あの人はあの人で、勝手にやってるわ。わたくしのことなんてどうだっていいの」
ふいにまた、ティアラの目に涙が浮かんでくる。
ワレスはため息をついた。
「泣き虫ですね。あなたは」
「ごめんなさい」
「ご主人を愛しているのでしょう?」
「ええ……いいえ。そう思ってたの。でも、違う。わたくしたち、親どうしの決めた相手で、いとこなの。あの人にとって、わたしはお人形遊びをせがんでいたころの少女にすぎないのだわ」
「でも、あなたは愛している」
涙にぬれた物言いたげな瞳で見あげるティアラを、ワレスは見つめる。そして、くちづけ……。
そのまま、数分がすぎた。
うっとりしているティアラを、ワレスはひきはなす。
「帰りなさい」
言いながら、背中をむける。
「どうして?」
「あなたにはご夫君がある」
「そんなこと、いいの」
おずおずと、ティアラの指が、背後からワレスの胸にまわってくる。
「おねがい。わたくし、頭がおかしくなりそう。この前、あなたと別れた夜から、あなたのことしか考えられない」
「ティアラ……」
もう一度、今度はもっと激しく抱きあい、唇をかさねた。
薔薇のしげみの奥で数刻をすごしたのち——
「初めて会ったときから、あなたのことが気になっていた。だからこそ、会わないほうがいいと思っていたのです」
告白(でも、それは偽りの)をするワレスへの、ティアラの返事はこうだ。
「愛しているわ。ワレス」
何人もの女からささやかれた言葉。
そして、何人もの女にささやいてきた言葉。
「私もです。ティアラ。愛している」
いつもと同じことが、また始まったのだ。
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