四章

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「今日はお供のかたはいないのですね」 「帝立劇場においてきました。わたくし、ぬけだしてきたの」 「いけませんね。言ったでしょう? あなたのようなかたが、一人で歩いてはいけないと」 「でも、あなたに会いたかったのです」 「ご主人に知られたら、どうするのです?」 「あの人はあの人で、勝手にやってるわ。わたくしのことなんてどうだっていいの」  ふいにまた、ティアラの目に涙が浮かんでくる。  ワレスはため息をついた。 「泣き虫ですね。あなたは」 「ごめんなさい」 「ご主人を愛しているのでしょう?」 「ええ……いいえ。そう思ってたの。でも、違う。わたくしたち、親どうしの決めた相手で、いとこなの。あの人にとって、わたしはお人形遊びをせがんでいたころの少女にすぎないのだわ」 「でも、あなたは愛している」  涙にぬれた物言いたげな瞳で見あげるティアラを、ワレスは見つめる。そして、くちづけ……。  そのまま、数分がすぎた。  うっとりしているティアラを、ワレスはひきはなす。 「帰りなさい」  言いながら、背中をむける。 「どうして?」 「あなたにはご夫君がある」 「そんなこと、いいの」  おずおずと、ティアラの指が、背後からワレスの胸にまわってくる。 「おねがい。わたくし、頭がおかしくなりそう。この前、あなたと別れた夜から、あなたのことしか考えられない」 「ティアラ……」  もう一度、今度はもっと激しく抱きあい、唇をかさねた。  薔薇のしげみの奥で数刻をすごしたのち—— 「初めて会ったときから、あなたのことが気になっていた。だからこそ、会わないほうがいいと思っていたのです」  告白(でも、それは偽りの)をするワレスへの、ティアラの返事はこうだ。 「愛しているわ。ワレス」  何人もの女からささやかれた言葉。  そして、何人もの女にささやいてきた言葉。 「私もです。ティアラ。愛している」  いつもと同じことが、また始まったのだ。
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