四章

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 *  ティアラをつれて、二、三度、劇場や料理店へ行った。  そのあと、ワレスはじょじょにティアラをさけるようにした。会っても、物悲しげなそぶりで心が晴れないようすを作る。 「わたくしと会うのは気詰まりかしら? ワレス。あなたはいつも、わたしを見て、悲しそうな顔をするのね」  そう言うティアラの顔も悲しげだ。 「あなたと会えるのは嬉しい」 「では、なぜ?」 「…………」  だまっていると、ティアラは涙ぐんだ。 「ねえ、はっきり言って。わたしと会うのは迷惑? それとも、思ったより楽しい女じゃないと気づいたの?」 「あなたは素敵な人だ。私には、もったいないくらい」 「では、どうして?」  ワレスは唇をかみしめた。 「あなたは……しょせん、私と住む世界の違う人なんだ」 「身分なら、わたし、そんなこと、ちっとも気にしないわ。わたし、あなたといるだけで、こんなに幸せになれるの」  ワレスは苦い笑みを作ってみせる。 「そういうあなただから、好きなんだ」 「ワレス」 「あなたは縫いあがったばかりの真っ白な衣のようなもの。まだ誰の手も通さず、無垢で、美しい。私はあなたを赤にも青にも染められない。あなたの夫ができるように、華麗な色で染めあげることも。真珠の飾り刺繍(ししゅう)をすることも。金糸の(ふさ)をつけることも。私にできるのは、真っ白な衣に泥水をかぶせて汚すことだけだ」  ティアラは戸惑う。  ワレスが何を言いたいのかわからないのだ。 「そんな言いかたはよして」  ワレスは自嘲した。 「私はあなたに、今夜のお芝居の席も買ってあげることができない」  ティアラは打ちのめされたようだった。 「ワレス……」  それで初めて、ティアラは知ったのだ。ワレスが金に困っていることに。これまであたりまえのように、自然にすべての支払いをワレスがしていたので。  ワレスが親の遺産で暮らす富豪とでも、ティアラは思っていたに違いない。いや、それ以前に、生まれたときから裕福な貴族の一員として、困窮などとはまったく無縁な世界で育った彼女だ。金のことなど、まるきり念頭になかったのだろう。 「ごめんなさい」  両手に顔をうずめて、ティアラは泣きだした。 「どうしてもっと早く言ってくれなかったの? わたし、あなたを困らせるつもりはなかったわ」 「私たちは別れるのが一番いい。私はあなたに指輪ひとつ、流行の服一枚、買ってあげられない。あなたに貴婦人なら当然の恩恵を、なにひとつ与えられない。それが身分違い。住む世界が違うということだ」 「いいえ! あなたと別れたら死んでしまう。わたし、死んでしまうわ。あなたなしでなんて生きられない!」  ティアラはすばやく自分の指から宝石の指輪をぬいた。 「これを受けとって。ワレス。ねえ、これからも会ってくれるでしょう? わたし、あなたがいてくれたら、ほかには何もいらない」 「私も……あなたに会えなくなるのは苦しい」 「愛しているわ。ワレス」 「愛している。ティアラ」  女の熱意に負けた形で、ワレスは最初の戦利品を、ティアラから受けとった。三文芝居の安っぽいセリフみたいなことを言って。
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