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それからは、ティアラはワレスの思いどおりに、宝石や持参金を渡してくれた。つきあっていた、ひとつき足らずのあいだに、ティアラがワレスに費やした金額はどれほどのものだったろう?
ワレスはティアラの金で美味しいものを食べ、ティアラの金で着飾り、ティアラの金で芝居を見て、カードで遊び、馬車に乗り、ダンスホールや闘牛場に出入りした。
皇都をわがもの顔で歩き、ときには花宿で遊女すら買った。
ただ少し意外だったのは、ティアラが貴族の女にしては、ひどく家庭的だったことだ。
「どう? この服。あなたに似合えばいいけど」
あるとき、ティアラが持ってきたのは、祭用の民族衣装だ。今では宮中の正装のときくらいしか着ない古い形式の服。鳥の翼のような長い両袖と、幾何学的な刺繍が特徴の。
ティアラがひろげてみせた衣装には、白絹に青い糸で精緻な刺繍がほどこされている。
ワレスは最初、ヴィクトリア家のかかえた大勢のお針子が、その刺繍をしたのだと思った。
「いいね。もう祭の時期か」
そう言って、なにげなく手にとる。
近くで見たワレスは、ふと気づいた。その服は裁縫の腕を買われて雇われた、お針子たちが作ったにしては、どことなく稚拙な感じがする。
ぬいめを何度もさわっていると、
「やっぱり、わかる? 自分では、うまく作れたと思うのだけど」
ティアラが、はにかむ。
「え?」
「そう。わたしが作ったの」
「これを、あなたが……」
ワレスは刺繍の一つ一つまでティアラがぬったという民族衣装を、ぼんやり、ながめた。
大昔には、裁縫が貴婦人のたしなみだった時代もあった。でも、それは、はるか昔のこと。今どき、貴族の女で、趣味でもなく、そんなことをする者はいない。服がほしければ、お針子がしてくれる。糸をつむぐのも。はたを織るのも。刺繍をして、飾りをして。ボタンひとつ、ぬいつけるのだって、貴婦人の手をわずらわせる必要なんてない。
祭の衣装は、何度も貴婦人たちから貰った。でも、手作りの服を贈られたのは初めてだ。
(いや……初めてではない。初めてでは)
まだ母が生きていたころは、いつも、母が作ってくれた。安売りの布を大量に買って、家族でおそろいの服を着た。父、母、ワレス、弟たち、妹。みんなで同じ服を着て、見物に行った祭のパレード……。
「……こんなことをする者は、ほかにいくらでもいるでしょう? あなたの城では」
「あなたが着るんですもの。自分で作りたかったの」
ワレスは初めて、ティアラが怖いような気がした。
ティアラにひきずられる。
この女は、おれを弱くする。
十年、ジゴロをしてきて、そんな気になったのは、それが最初で最後だった。
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