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五章
*
ティアラの祖母はもともと侍女だったらしい。彼女の夫は周囲の反対をおしきって、身分違いのこの女を正式な妻として迎えた。
ティアラは祖母になついていたので、刺繍やさまざまなことを教わったのだという。
「ギルバートがわたしを軽視するのは、そのせいもあると思うの。一族のなかには、まだ祖母のことをとやかく言う人がいるの。でも、わたしは作法にばっかりウルサイお母さまより、おばあさまのほうが好きだったわ。楽しい話や、いろいろなことを知っていて。わたし、ジャムの作りかたを教えてもらったわ。今度、野イチゴのジャムを作ってくるわね」
寝物語によくそんな話をした。
そのころには、ワレスはティアラの屋敷の彼女の寝室にまで出入りするようになっていた。
ティアラたち夫婦のあいだがどうなっていたかは知らない。が、おそらく、ギルバート小伯爵は見て見ぬふりしていたに違いない。
ワレスたちは帝立劇場やら、名門貴族の舞踏会へ、ひんぱんに足を運んだから。夫の小伯爵の耳に二人のことが届いていないわけがない。さわぐと、ますます夫の面子がつぶれるとでも考えていたのだろう。
ティアラはそれでも、夫には気づかれていないと思っていたようだが。
「また別の人のことを考えてるのね」
耳もとで女の声がして、ワレスは気づいた。
白銀の髪にふちどられたリリアのおもてが、かたわらにある。
このごろ、リリアに会っているせいか、いやにティアラのことを思いだす。
ワレスが気まずい思いで黙っていると、リリアは笑った。
「いいのよ。わたしにも思いだす人くらいいるわ」
「仕草が似てるからだ。おまえのほうが美人だ」
「いやな人。その人のことを愛してるの?」
「まさか」
リリアは衣服を直しながら、もう一度、笑った。
「わたしにはわかるわ」
「何が?」
リリアは何かつぶやいたようだ。
「また明日」
「ああ」
なんだか変な感じだ。
リリアの淡い色の瞳が、やけに見透かすように、ワレスを見る。
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