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翌日。
昼ごろに起きて、ワレスが食堂に行くと、さきにハシェドが来ていた。小声でたずねてくる。
「まだ、例の女と会っていますか?」
食事は野菜のぶつ切りの煮物と、塩づけにしたステーキ。パンはかたく、バターさえない。
二十日に一度、国内から送られてくる物資と、中庭の畑で作られた野菜が材料だ。
おおざっぱな味付けは、皇都の高級料理店の繊細な味になれたワレスには、とうていあわない。
あの、かすかに苦かった薔薇のジャム……。
「隊長?」
「ああ」
ワレスは気をとりなおして、塩からい肉をパンにはさみ、口に運んだ。ここでは食べないと、やっていけないのだ。
「聞かなくても、見てるんだろう?」
「見てますよ。隊長が行って、帰っていかれるのは」
妙にふくみのある、ハシェドの言いかただ。
「おれのあとから女が帰っていくだろう?」
「いいえ」
「そんなはずはない。用がすめば、あんなところにいつまでもいる必要はない。ましてや女が一人で、危険すぎる」
「きっと、おれがよそみしてるあいだに帰ってるんだと思います。こっちはそこだけ見てるわけにはいかないし。それに、おれに姿を見られるのがイヤなんだろうと思って、近ごろはわざと見ないようにしてますし」
ハシェドは生煮えの野菜に、ちょっと悪態をついてから続ける。
「思ったんですが。文書室に身投げの井戸に関する文書も残ってるんじゃないですか。もし気になるなら、調べてみてはいかがです?」
ワレスは気になったわけではない。
ただ、文書室そのものに興味があった。砦で起こった怪異や魔物についての文献が、数多く残されているのだとか。兵士には平等に解放されている。調べておけば、魔物にぶつかったとき、有利になる情報が得られるかもしれない。
「文書室か。一度は行ってみてもいいな」
「同行してもいいですか?」
「ああ」
「よかった。じつは前々から興味があったんですが。私はユイラ語はあまり……」
文書に使われているのは、古語まじりの堅苦しい言葉だ。町の私塾で少し手習いをおぼえたていどでは、読解は難しい。きちんと学校を出た者でなければ。
「では、食後に行くか」
「はい」
文書室は内塔ではなく、本丸の三階部分にある。
ボイクド砦の歴史は古く、建設されたのは、およそ五百年前。数百年前から森焼きによって清められた土地に築かれた。それ以前の砦から、十コールも東に築城され、以来、ボイクドの森の前線の砦だ。
文書室にはその間、五百年ぶんの文書が眠っている。一歩入ると、すでにカビくさいような匂いがしていた。
「すごい数の文書ですね」と、ハシェドは驚嘆の声をあげる。
「いちおう年代別になってるみたいですが。このなかから目的の文書を探すとなると、大変ですよ」
やたらに広いなかに、天井いっぱいの高さの書棚が、ズラリとならんでいる。昼でも薄暗く、ここだけ砦とは別世界みたいだ。
「司書はいないのか?」
ワレスが言うと、
「ここにおります」
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