五章

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 翌日。  昼ごろに起きて、ワレスが食堂に行くと、さきにハシェドが来ていた。小声でたずねてくる。 「まだ、例の女と会っていますか?」  食事は野菜のぶつ切りの煮物と、塩づけにしたステーキ。パンはかたく、バターさえない。  二十日に一度、国内から送られてくる物資と、中庭の畑で作られた野菜が材料だ。  おおざっぱな味付けは、皇都の高級料理店の繊細(せんさい)な味になれたワレスには、とうていあわない。  あの、かすかに苦かった薔薇のジャム……。 「隊長?」 「ああ」  ワレスは気をとりなおして、塩からい肉をパンにはさみ、口に運んだ。ここでは食べないと、やっていけないのだ。 「聞かなくても、見てるんだろう?」 「見てますよ。隊長が行って、帰っていかれるのは」  妙にふくみのある、ハシェドの言いかただ。 「おれのあとから女が帰っていくだろう?」 「いいえ」 「そんなはずはない。用がすめば、あんなところにいつまでもいる必要はない。ましてや女が一人で、危険すぎる」 「きっと、おれがしてるあいだに帰ってるんだと思います。こっちはそこだけ見てるわけにはいかないし。それに、おれに姿を見られるのがイヤなんだろうと思って、近ごろはわざと見ないようにしてますし」  ハシェドは生煮えの野菜に、ちょっと悪態をついてから続ける。 「思ったんですが。文書室に身投げの井戸に関する文書も残ってるんじゃないですか。もし気になるなら、調べてみてはいかがです?」  ワレスは気になったわけではない。  ただ、文書室そのものに興味があった。砦で起こった怪異や魔物についての文献が、数多く残されているのだとか。兵士には平等に解放されている。調べておけば、魔物にぶつかったとき、有利になる情報が得られるかもしれない。 「文書室か。一度は行ってみてもいいな」 「同行してもいいですか?」 「ああ」 「よかった。じつは前々から興味があったんですが。私はユイラ語はあまり……」  文書に使われているのは、古語まじりの堅苦しい言葉だ。町の私塾で少し手習いをおぼえたていどでは、読解は難しい。きちんと学校を出た者でなければ。 「では、食後に行くか」 「はい」  文書室は内塔ではなく、本丸の三階部分にある。  ボイクド砦の歴史は古く、建設されたのは、およそ五百年前。数百年前から森焼きによって清められた土地に築かれた。それ以前の砦から、十コールも東に築城され、以来、ボイクドの森の前線の砦だ。  文書室にはその間、五百年ぶんの文書が眠っている。一歩入ると、すでにカビくさいような匂いがしていた。 「すごい数の文書ですね」と、ハシェドは驚嘆の声をあげる。 「いちおう年代別になってるみたいですが。このなかから目的の文書を探すとなると、大変ですよ」  やたらに広いなかに、天井いっぱいの高さの書棚が、ズラリとならんでいる。昼でも薄暗く、ここだけ砦とは別世界みたいだ。 「司書はいないのか?」  ワレスが言うと、 「ここにおります」
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