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ジョスリーヌが出ていくのを、ワレスは見ていなかった。
そう。いつものワレスなら、ティアラはさけるタイプだ。あれは遊び向きの女じゃない。
金銭の問題だけなら、ほかに遊べる相手は、いくらでもいた。ジョスリーヌからの手当てだけでも充分だ。
でも、きっと、ジョスリーヌとは長くつきあいすぎたのだろう。
彼女がワレスのことを、なんでも知ってるそぶりをすると、イライラした。ことに、ちょっと前に、ワレスが犯したある愚行を、彼女が知っていると思うと。
束縛されたくない。
誰とも深入りしたくない。
ジョスリーヌをさけて、何人もの女のあいだを転々とした。
ティアラと出会ったのは、ちょうど、そんなときだったのだ。
いつもと同じつもりだったのに、何かが違う。
ティアラといると、遠い昔にワレスの失ったものが、ふとよぎる。
たとえば、夕暮れの空のもと、手をつないで歩いた母の笑顔。
船旅で出会った初恋の少女。
何年も前、ケンカ別れした、妹のように可愛がっていた女の子。
つい最近、ワレスを見すてて、遠い外国に行ってしまった友人……。
思いだせば、つらいだけの記憶。
もう、たくさんだ。何も考えたくない。
ティアラに会うことが怖い。
ティアラはワレスが、あえて心の奥に封じこめている扉をたたこうとする。
その扉のなかには、多くの死体が隠されていた。
ワレスは二度と、この扉をあけたくない。みだりに、たたいてほしくない。
だから、ほんとは昨夜、ティアラと約束があったのだが、ワレスはすっぽかした。
「……ワレス」
ふたたび、女の声がした。ジョスリーヌではない。ティアラだ。
「どうして、昨日、来てくれなかったの?」
ワレスは答えない。
庭の花を見ながら、背中に痛いほど、ティアラの視線を感じる。
ティアラも寝乱れたベッドには気づいているだろう。
ジョスリーヌが帰るところも見ているはずだ。
「あの人は?」
「べつに」
「どうして、この部屋から出ていったの?」
「ただの友だちだ」
ふいに、ティアラの声が泣き声に変わった。
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