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思わず、ワレスは怒鳴りつける。
「泣くな!」
ティアラはその場に泣きくずれた。
それを見て、なおさら、カッとなる。
なぜ、そんなふうになったのか、自分でもわからない。自分でもわからないことが、いっそう、ワレスをいらだたせる。
「泣くな。うっとうしい……」
しばらく、ティアラは泣き続けていた。
ワレスはそれをイライラしながら見つめていた。
(ちょうどいい。潮時だ。いつものように言えばいい。あなたと彼女を二股かけていたんです。おイヤなら別れますか? そう言えば)
だが、言えなかった。
ただ、むしょうに腹が立って、泣いている女をなぐりつけたいような……いや、違う。
なぐりたいのは自分だろうか?
わからない。
ただティアラの泣き声が神経にさわる。
そうやって、心の扉をたたくのはやめてくれ。
「ただの女友だちだと言ってるだろう? 信じられないのか?」
おれはマヌケな亭主みたいなことを言ってる。浮気を見つかった亭主みたいな……。
ティアラは顔をあげた。
ゆっくりと、こう言った。
「わたくしといっしょに逃げて。ワレス」
なぜ、とつぜん、ティアラがそんなことを言いだしたのか、ワレスには理解できなかった。
「なんだって?」
「わたし、今朝。ギルバートと言い争ってきたわ。もう帰らないつもり。わたくしと逃げて」
何を言ってるんだ? この女……。
「わたし、あなたのためにジャムを作るわ。あなたのためにスープを作り、服を縫って、洗濯するわ。そうじをして、歌をうたって。あなたといっしょに暮らしたいの」
一瞬、それもいいと思う自分がいて、ワレスは困惑した。
どこかの田舎に小さな家を持ち、ティアラと暮らす。
ワレスは稼ぎは少ないが、誰にでも胸をはって言えるかたぎの職につく。この年で商人に奉公するのはムリがある。さしずめ、私塾の講師というところか。なまいきな悪たれに手を焼いて帰れば、ティアラが夕食を作って待っている。
——ごめんなさい。あなた。今夜は残り物しかなくて。だって、お給料日前は家計が苦しいんですもの。
——いや。君はよくやってくれてるよ。貴族の君にこんな苦労をさせて、すまない。おれみたいな甲斐性なしに、ひっかかったばっかりに。
——ワレス。わたくしは幸せよ。あなたといられるだけで……。
とめどなく妄想がわきだして、ワレスは自分の正気を疑った。
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