六章

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 封印の扉が、いましもひらかれ、たくさんの死体がとびだしてきそうな気がした。  だめだ。この扉をあけるわけにはいかない。  あのとき、おれは決心した。最後に愛した、あの人が死んだとき。  もう誰も愛さないと。  誰にも本気にならないと。  でなければ、またひとつ、死体が増えることになる。  そう決めて、ジゴロになった。  軽薄な肉体だけの恋に生きてきた。この十年。  けれど、それでも人とのかかわりのなかで、大切なものができてしまう。  そのたびに逃げてきた。  ジョスリーヌからも。多くの愛人からも。友人からも。  彼らがワレスのなかで、存在が無視できなくなると、逃げた。  愛する人を作らないために。  でも、もう限界だ。  愛のない世界は虚しくて、味気ない。  生きている心地がしない。  死んだように生きるには、ワレスはまだ若すぎて。  気がつけば、誰かの手を探し求めてる。ワレスを抱きしめてくれる手を。  その手がティアラであることは、ゆるされるのだろうか?  封印の扉の奥で、死人たちが目をさますのを、ワレスは感じた。  おれにはもう必要ないからと、封じこめた愛の記憶が。  ティアラを見つめる。  すがりつくような期待の眼差しで、ティアラはワレスを見ている。  もし、ここで、ワレスが「二人で生きよう」と言えば、ティアラは迷いなくついてきただろう。そういう目をしていた。  だが、ワレスが口にしたのは、心とは反対の言葉だ。 「金のないあなたになど、興味はない」  言ってしまうと、ほっとした。  そうだ。これでいいんだ。  おれには愛なんて必要ない。  これまでどおり、封印の扉の墓守でいよう。  ワレスが背を向けると、泣き声はやんだ。  ティアラはあきらめて屋敷へ帰るだろう。夫との仲は多少ギクシャクするかもしれないが。  どうせ、それは最初からだ。すぐに元のさやにおさまるさ。  考えていると、背後で大きな物音がした。ふりかえると、ティアラが倒れていた。胸からみるみる、赤い血があふれてくる。 「ティアラ!」  ギルバート小伯爵が叫びながらとびこんできたのは、このときだ。ティアラのあとをつけてきたらしい。 「しっかりしろ! ティアラ!」と、必死にティアラを抱きしめる。  ワレスは二人をながめた。  これは茶番だ。  愛に命をかけるやつなんて、いない……。  そんな思いが、ぼんやり、胸に浮かんだ。  
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