82人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
封印の扉が、いましもひらかれ、たくさんの死体がとびだしてきそうな気がした。
だめだ。この扉をあけるわけにはいかない。
あのとき、おれは決心した。最後に愛した、あの人が死んだとき。
もう誰も愛さないと。
誰にも本気にならないと。
でなければ、またひとつ、死体が増えることになる。
そう決めて、ジゴロになった。
軽薄な肉体だけの恋に生きてきた。この十年。
けれど、それでも人とのかかわりのなかで、大切なものができてしまう。
そのたびに逃げてきた。
ジョスリーヌからも。多くの愛人からも。友人からも。
彼らがワレスのなかで、存在が無視できなくなると、逃げた。
愛する人を作らないために。
でも、もう限界だ。
愛のない世界は虚しくて、味気ない。
生きている心地がしない。
死んだように生きるには、ワレスはまだ若すぎて。
気がつけば、誰かの手を探し求めてる。ワレスを抱きしめてくれる手を。
その手がティアラであることは、ゆるされるのだろうか?
封印の扉の奥で、死人たちが目をさますのを、ワレスは感じた。
おれにはもう必要ないからと、封じこめた愛の記憶が。
ティアラを見つめる。
すがりつくような期待の眼差しで、ティアラはワレスを見ている。
もし、ここで、ワレスが「二人で生きよう」と言えば、ティアラは迷いなくついてきただろう。そういう目をしていた。
だが、ワレスが口にしたのは、心とは反対の言葉だ。
「金のないあなたになど、興味はない」
言ってしまうと、ほっとした。
そうだ。これでいいんだ。
おれには愛なんて必要ない。
これまでどおり、封印の扉の墓守でいよう。
ワレスが背を向けると、泣き声はやんだ。
ティアラはあきらめて屋敷へ帰るだろう。夫との仲は多少ギクシャクするかもしれないが。
どうせ、それは最初からだ。すぐに元のさやにおさまるさ。
考えていると、背後で大きな物音がした。ふりかえると、ティアラが倒れていた。胸からみるみる、赤い血があふれてくる。
「ティアラ!」
ギルバート小伯爵が叫びながらとびこんできたのは、このときだ。ティアラのあとをつけてきたらしい。
「しっかりしろ! ティアラ!」と、必死にティアラを抱きしめる。
ワレスは二人をながめた。
これは茶番だ。
愛に命をかけるやつなんて、いない……。
そんな思いが、ぼんやり、胸に浮かんだ。
最初のコメントを投稿しよう!