六章

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 そして、ワレスはジゴロでいることに嫌気がさして、砦に来た。  今、足もとに別の女が倒れている。  リリアのむくろは、またたくまに白い骨となり、(ちり)となって消えた。 (リリア。哀れな女……)  二百年前。リリアは恋人を魔物に殺され、井戸に身をなげた。もうじき二人で故郷へ帰り、祝言をあげるところだったとか。  死んでも死にきれず、幽鬼となって、恋人をさがしていたのだろうか。  それとも、一人ではさみしかったから?  同じさみしい心を抱いた男を、水底へ呼んだのだろうか?  ワレスが打ちあげられた小さな泉のほとりには、リリアに呼ばれた男たちの骨がころがっていた。 (早く砦に帰らなければ。おれもこの骨の仲間入りだ)  幸い、夜明けが近い。  明るくなると、ワレスは砦をめざした。魔性の森のなかでも、きわめて砦に近い場所だ。ワレスたちが焼きにくるあたりの目と鼻のさき。  ひたすら、砦の旗をめざしていった。  ようやく帰ると、砦たいへんなさわぎだった。  ワレスがリリアに井戸にひきこまれるところを、ハシェドが見ていた。それで、夜明けを待って井戸さらいが始まっていたのだ。 「隊長! 生きてたんですね! おどろかせないでください。昨日の文書室で、ようすが変だとは思ったけど。まさか、井戸に身投げされるとは……」  ハシェドにはリリアの姿が見えなかったのだ。ワレスが自分でとびこんだように見えた。  ワレスは城主の伯爵の前で、報告をさせられた。 「では、女の亡霊にあやつられていたと申すのだな?」 「御意」  城主はワレスの言葉の真偽を正すため、焼けあと近くの泉に一隊を送った。それにより、泉のほとりで多くの人骨が回収された。  井戸は底で地下水流とつながっていることが確認された。危険をふせぐため、巨大な石の格子が井戸に沈められた。  功績をみとめられ、ワレスは分隊長に昇格した。 「それにしても、女の霊はなぜ、隊長に目をつけたのでしょう?」と、ハシェドは不思議でならないようだ。  ワレスには心当たりがないでもないが。 (あるいは、リリアがおれを呼んだのではないのかもしれない。呼んだのは、おれのほう)  暗い水の底に、一人でさみしいと言う。  おれの心がつぶやく。  さみしい、さみしいと。 (ばかな……)  その思いを、ワレスはふりきった。  どうであろうと、ワレスは一人で生きていかなければならない。封印の扉に眠る、多くの記憶をかかえて。  今日も砦の一日が始まる。  油断は禁物だ。  気をひきしめて、生きていかねば。  井戸のほとりで、ワレスは遠くの空を見あげた。  了
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