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帰宅
四日ぶりに帰ってきた俺に、新妻の葵(あおい)は不平を零さなかった。
「おかえり、斗真」
身重になった身体でやっとのこと玄関までたどり着くと、鞄を奪うように持っていく。
「ただいま。すまないな」
家事を手伝うどころか迷惑ばかり掛けていることに罪悪感を隠しきれず、せめてもの償いの言葉を掛ける。用意された夕飯にはラッピングがしてあり、白い蒸気が表面を覆っている。
「いいのよ。こうなるって分かっていて結婚したんだから」
エプロンを結ぶ背中には、理解というよりも諦めが色濃い。だがそれでも笑顔が覗いている。
「なあに、狐につままれたような顔して」
「怒っていないのか。家庭を顧みない俺を」
「なあに、怒ってほしいの」
がおうと口でいい、人差し指で鬼の角を作りながら、葵は戯けてみせる。だがくすりとも笑わない俺に、葵の表情は固くなる。
「そりゃあね、側にいてほしいこともあるよ。けど」
未来を抱えるように、葵はお腹を擦る。
「この子のためにも、あなたらしくいてほしいから」
俺は立ち上がり、孤独にさせた分まで埋めるように葵を抱きしめる。葵からは晴れた日の太陽の匂いがした。
「い、痛い。お腹の子がびっくりしちゃうよ」
俺は力を緩めた。
「すまない。だが、ありがとう。なあ、葵」
この世の幸せをすべてに受け止めたように、葵は屈託なく笑っている。俺は曖昧に握られた手をそっと伸ばす。
「お腹、触っていいか」
「どうぞどうぞ、お父さん」
俺は迫り出してきた葵のお腹に触れる。ここに俺達の未来がある。そう思うだけで、このままではいられないと俺の歯車がうねりを上げる。
この子の未来のためにも、必ず新薬を世に知らしめなくては。
「あ、今動いた」
葵の声が跳ねる。その胎動はお腹越しに手を当てる俺にも、力強く響いた。
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