斜陽

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斜陽

 次の日の講演も、つつがなく終わった。  今回の講演で、依楓は『癌撲滅大国日本』というフレーズ打ち立てた。医学研究として、日本は癌に並々ならぬ労力を注ぎ込んでいる。この流れに乗り、一気にこの世から癌を閉め出そう。そういう流れだった。  今回の講演会場は、俺達の学生の頃に遊んだ場所に近くかった。講演終了後、俺達は講演の成功の高揚感を冷ますためになつかしい街を散策することにする。  カラスも闇に解け始める夕暮れに秋の夜風が吹きぬける。すっかり変わり果てた町並みが俺たちを待ち受けていた。錆びたシャッターが軒を連ね、もぬけの殻となった建物が虚しい。開けたかと思えばそショベルカーが稼働する埋め立て地になっていて、青春の面影はどこにもない。  どちらからでもなく、必死になって辺りを窺う。そして俺たちは、忘れ得ぬ思い出の地に巡りつく。 「あ、ここ。昔はゲームセンターだったよな」  俺は立ち止まり、懐かしさに眼を細める。 「学生時代はここでクレーンゲームをして、しこたま景品を持って帰ったんだ」 「そうだそうだ、覚えている。誰が一番とれるかで競いあったっけ」    依楓は昨日のことのように憶えていた。  「斗真はクレーンゲームの神様なんて言われていたよな。あまりに上手すぎて『取りすぎるな』って店員に咎められた」 「そんなのお前らの勝手だろうって、気にも止めなかったけどな」  依楓は懐かしそうに、右の口角を持ち上げた。 「今思うと、クレーンゲームで鍛えた器用さと運の良さが、今回の薬の開発に繋がったのかもな」 「そうだな。きっとそうだ」  俺たちは結託して、くくっと口の中で短い笑いを転がした。そんな俺たちの思い出のゲームセンターは、更地と化していた。  俺たちのゲームセンターが潰れた理由は二つある。  一つは税金の増加や子供達の減少による問題。そしてもう一つは、高齢者がゲームセンターに入り浸るという事態を回避するためだ。
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