斜陽

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「俺は分からなくなってきた。これからも医療が発達していけば、医療費はまた跳ね上がる。今国会では七十兆円を超える医療費が採決されようとしている。でもな、高齢者を救ったところで彼らが社会に貢献することは難しい。感情論を除けば医療費に金を費やすことは避けるべきだ」  依楓の言っていることは過激で、今の常識では受け入れられないだろう。すべての命が平等で救われる必要がある。それは依楓も分かっているはずだ。 「それでも。今を苦しんでいて、俺達の助けを求めている人々はごまんといる。お前はその人たちに死ねというのか」  沈黙がそのまま、答えに代わる。 「お前は馬鹿だよ。本物の」 「なあ」  伏し目がちだった依楓は俺の眼をまっすぐ見据えた。その依楓の瞳は幾重の色にも輝いている。高校二年生の時に母を見つめていた依楓の瞳も、きっとこんな色だったんだろうな。 「生きるためには、必要なものが多すぎる。すべての人間に資源や資金は、そもそも行き渡らないんじゃないのか」  依楓の言うことは多分正しい。でもだからと言って、命を切り捨てるなんて話は受け入れられない。命の線引きなんて、人間に出来るわけがない。 「そうだとしても、依楓の言うようにはならないさ。もういいから飲もう」  俺は依楓の空いたグラスにビールを注いでいく。きっと依楓も俺も酒が足りないからこんな湿っぽい話題になるのだと、自分に言い聞かせながら。  それでも、依楓は笑わない。 「人はいつになったら死という壁を超えられるんだろうな。いつになったら、医療は限界を認めて撤退するんだろうな」
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