日本の終焉とがん遺伝子

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日本の終焉とがん遺伝子

 病棟の個室に通された後、すぐに待ち望んだ来客はやってきた。 「お疲れさまでした」 「来てくれていたのか、阿形君」  患者の病院服を着て点滴に繋がれる私に阿形君は憐憫を向ける。黒のパーカーに青のジーンズという学生のような出で立ちだ。辺りに誰もいないことを確認し、懐から一つの箱を取り出す。 「これ、例の物です」 「恩に着るよ」  私はその白箱を受け取り、嬉々として一本取り出す。そして彼の自前のライターで火を灯す。病院で喫煙という背徳感が、年老いたはずの感情を高揚させる。久しぶりの煙が肺を満たし、じんわりと体に毒気を回していく。 「一つ、聞いてもいいですか」 「なんでも答えよう」 「なぜそうまでして、先生は癌に拘るのですか」 「ふむ、いい質問だ」  天井に溜まる煙を、ぼんやりと見上げる。  理由。過ぎていった私の人生の果てで、そんなものにいくらの価値があるかは分からないが、阿形君が訊きたいのなら答えない訳にもいかない。 「復讐だよ」 「復讐、ですか」 「ああ、そうだ」  私はガラスコップに灰を落とす。灰は透明な水を汚し、病室の白壁を見えなくした。 「かつて私に道を示した男がいた。その男こそが、私を癌研究に導いた張本人だ。それにも関わらず、奴は自らその道を降りたんだ」
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