日本の終焉とがん遺伝子

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 それは移民を受け入れる報道から十年後。  私達の新薬は、猛威を震った癌達を完膚なきまでに撲滅することが出来ていた。新薬は国境を超えてありとあらゆる人々を救った。癌に怯える時代の終焉。誰もがそう思った。  だが突如、逆風が吹いた。  ある日を境に薬が効かなくなったのだ。  困惑し、原因究明に乗り出した私たちは身震いした。癌は私たちの薬を無効にする遺伝子を導入していた。勿論、いつか癌が私たちの薬に対しての耐性を持つことは想像の範囲であった。だがその時間があまりに短すぎた。  私たちは当然、その対策に奔走した。だが癌は勢いを増し、この薬では制御できないほどに進化していた。  どうやらこの薬もこれまでらしい。  寄せては返す白波のように、私たちの研究は見放されていった。研究費はものの無惨に切り崩され、研究チームは解体。さらには癌の変異をより複雑にしたという悪名高いレッテルまで張られた。  あんなにひっきりなしに来ていた来客は、私たちを断罪する側にまわり、ラボからの誘いの電話は一切掛かってこなくなった。掛かってくるのは責任を求める叫びだけ。  そして罪を贖罪するかのように依楓は自殺した。  その頃には、私と依楓の中も冷え込んでいた。研究の続行を訴える私に、依楓は断固として首を縦に振らなかった。 「負けたんだ、俺たちは」  敗北を受け入れられない私は叫ぶ。 「負けてなどいない。今はまだ勝利の道の途中だ」  この世で一番分かりあえていたはずの男が、耐えきれずにこうべを垂れる。 「俺たちがどれだけあがこうと世界は変わらない。いたちごっこのくり返しだ」  敗北の運命を受け入れるその潔さに、私は猛烈に怒りを憶えた。 「道は違えたようだ。失礼する」 「斗真」  去り際に、依楓が告げる。 「すまなかった」  その瞬間が、今まで味わってきたどんな屈辱よりも、私を惨めにさせた。
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