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阿形君がごくりと喉を動かした。
「それでは、復讐とは」
「依楓に、そして、癌にだ」
私はポケットから、茶色のアンプルを取り出す。そして実験室から拝借してきた注射器に針をつけ、アンプルの中身を吸い上げる。注射器のメモリの向こうの赤い液体が、斜光カーテン越しの光で輝く。
「癌は私を捉えたと思っていい気になっているのだろうが、真相は逆だ。私が、癌を捉えたのだ」
「先生」
阿形君に垣間見える同情を、私は一睨みで跳ね返す。
「これより研究を最終段階に移す。この実験の被験者は、私だ。目的は人間の膵癌に対する効果の確認と、副作用の強さを確認すること。以前の薬に改良を加えたこの薬ならば、癌を克服しているはず。まずはその効能を確認。そして強すぎる効能の代償としての副作用を君が観察し記録する。それを基に、この薬にさらなる改良を加えるのだ」
「はい」
しばし瞑想に沈んだ後、阿形君の顔は研究者のそれに早変わりした。それでいい。君が私の志を受け継ぎ、次へと繋げるのだ。
どれだけ変わろうと、日本はまだ終焉を迎えていない。街も人も変わり、文化が廃れ、淘汰されようとも。私は日本を支えてみせる。
もう一度、『癌撲滅大国日本』を取り戻すのだ。
私は自らの手で、薬を体に注入していく。激烈な痛みが私を襲う。体と魂が分離してしまうような激痛の中で私は訊いた。
人間がいつの日か癌に勝利する。
鳴り止まぬファンファーレの残響が木霊する中で、私はゆっくりと瞼を閉じた。
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