講演 ー変わりゆく世界ー

4/8
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
「癌は遺伝子異常を利用し、様々な悪さをします。正常な細胞を圧迫しながら増殖し、自分以外の細胞を傷つける物質を放出、果ては周りの正常な細胞を自分の良いように変化させます。医療は今までその増えた癌を手術で摘出し、放射線や化学物質を用いて戦ってきました。しかし皆さんもご存知の通り、我々はことごとく癌に敗北してきました。癌はあの手この手で我々を嘲笑いながら、多くの命を奪ってきました。しかし」  ここで依楓は感極まったように、上げた両手を教壇に叩きつけた。衝撃音がホールを駆け抜ける。会場中の視線が欲しいままになる。 「我々はついに、たどり着きました。それは多くの医療者が夢見て、それまた多くの研究者達が生涯を捧げ、成し遂げられなかった偉業です。それは」  一呼吸間を置いて、会場中に笑顔を見せる依楓。会場は依楓の一人舞台になっていた。  熱せられたスポットライトと、次の言葉を待つ期待の視線。舞台上の役者は恍惚としていた。 「それは、遺伝子操作を導入できる薬の発明です。我々は癌細胞に生じる遺伝子異常をつぶさに解析し、大腸癌や肺癌などありとあらゆる遺伝子異常を発見して不活化する特異的な酵素を発明しました。そしてその酵素は、薬として服用してもらうだけで結構なのです」  人々の瞳孔は大きくなり、息遣いも聞こえんばかりだった。 「この酵素はDNAグリコシダーゼという酵素で、塩基の除去に関わる酵素のお友達になります。働きとしては遺伝子異常が起こった遺伝子の場所を切り出す働きです。これにより、癌が使役していたタンパクの増加を食い止めることができます」  会場中が色めき始めた。話についていけない者が大半だろう。  それでも薬を飲むだけで癌が治るということは十分な衝撃らしかった。囁き声がさらなる声を呼び、ざわめきが波紋のように広がっていく。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!