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空席が目立つバスの中で暮れなずむ町並みを、俺たちは窓からぼんやりと眺めていた。バスに空席はあるものの、立ったままバスに揺られている。空いている席はすべて優先席だ。握り皮に体重を預ける依楓の眉間の皺はいつもより深い。
「座りてぇな」
掠れた声で呟くと、スーツの背広を脱いでネクタイを緩める。丸めている背中には、ワイシャツ越しでも分かるくらい、大きな楕円型の汗が滲んでいた。
「駄目だ、優先席だ」
「そんなこと言って、このバスの半分以上は優先席だ。おかしいだろ」
配慮を忘れ、依楓は不平を零した。
俺たちの側の優先席には、小さなコサージュの髪留めをしている品の良いお婆さんが一人座っている。こちらを申し訳なさそうに一瞥し、バスの揺れと見紛うくらいのかすかな会釈をくれた。
「しょうがないだろう、そういう時代だ」
「そういう時代って。俺たちがなにしたっていうんだ」
その問に対する答えを、残念ながら俺は持ち合わせていない。
沈黙で応じる俺に、依楓はため息を零した。そのだるい視線の向ける先には、日本の現在が映っている。
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