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多分、横倒しにされたビルの中から、かなり大げさな助走をつけて飛び出した筈だ。ハチは思う。
でなければ、こうまでスタイリッシュに造形された、紫色のコーティングに傷一つ無い大型二輪が、バイクが、前輪を下に真っ逆さまで落ちてくるわけがない。そしてーー
「とうっ!」
と、明らかに発声された何事か。それもまた、上からだ。声の主を視線で追おうと、ハチは視線を上げる。
「しゅたっ、と!!」
けれど間に合わない。その上なんの罰ゲームか、着地音まで声で表して。
その人影は、そこに立っている。瓦礫の合間へ綺麗に挟まり、前輪から垂直に突き刺さったバイクの、後輪の上で。
「喧嘩は良くないよッ! 青少年ども!」
とか叫ぶ、女の人がひとり居た。
短く切り揃えた紫の髪に、切れ長の眼。バイクと同じ色を意匠に、体格とフィットしたライダースーツと黒いジャケット。
そして、風にはためく赤いスカーフ。ヘルメットはどうしたと考えてしまうくらい、最初の印象にハチは困惑する。
「な、なんぞこれ?」
声に出た。現状、何事もなく無言でどうにか済ませられるほど、ハチの人生は分厚く無い。
全くの、当惑でしかなかった。横目で見えるそこのヤクザマフィアが、未だに笑った顔で澄ましているのは、たぶん頭がおかしいのだろう。
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