第3章

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だからわざわざ、足を止めるような要素は見当たらない。見当たらない筈だった。 背後で捉えた気配。それを確認するまでは。 「…………」 これもまた、裏路地の巷では日常なのか。 また随分と無造作に、ぽとりと。  人の右手が落ち込んでいる光景というものは。 クレアは数瞬眉を潜めて、傍らの建築を見遣る。四階建て、起伏の無い屋根、前面の窓ガラスは割れている。 目に見える悉くが。薄暗い空間の中にあって、微かな灯りも見えない。つまり、ヒトの醸し出す生活感はまるで無い。 そのうえ。 「…………厄介」 クレアは迷惑そうにひとりごちた。どうやら目の前に、面倒事が転がっている。けれどお使いの内容的に、この事態は見過ごせない。 「…………注意喚起なら…………皆を守ろう…………ってことだし」 クレアは悛巡を終えると、ほとんど廃墟と成り果てたアパートメントに足を踏み入れていく。 荒んだ建築の中身には、すこし不純な暗闇が広がっている。風が建材を撫でる音、幌か何かで掠れた陽光。 おまけに、人の足跡が有象無象だ。一番近い入り口の正面玄関から入ってはみたけれど、それにしたって数が多い。
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