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だからわざわざ、足を止めるような要素は見当たらない。見当たらない筈だった。
背後で捉えた気配。それを確認するまでは。
「…………」
これもまた、裏路地の巷では日常なのか。
また随分と無造作に、ぽとりと。
人の右手が落ち込んでいる光景というものは。
クレアは数瞬眉を潜めて、傍らの建築を見遣る。四階建て、起伏の無い屋根、前面の窓ガラスは割れている。
目に見える悉くが。薄暗い空間の中にあって、微かな灯りも見えない。つまり、ヒトの醸し出す生活感はまるで無い。
そのうえ。
「…………厄介」
クレアは迷惑そうにひとりごちた。どうやら目の前に、面倒事が転がっている。けれどお使いの内容的に、この事態は見過ごせない。
「…………注意喚起なら…………皆を守ろう…………ってことだし」
クレアは悛巡を終えると、ほとんど廃墟と成り果てたアパートメントに足を踏み入れていく。
荒んだ建築の中身には、すこし不純な暗闇が広がっている。風が建材を撫でる音、幌か何かで掠れた陽光。
おまけに、人の足跡が有象無象だ。一番近い入り口の正面玄関から入ってはみたけれど、それにしたって数が多い。
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