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小高い、丘の上に建つその墓標には、名前が無かった。
それを書き込むスペースも、道具も技術も無いということもあるけれど、そもそもこのコンクリート片を「墓」と呼んで良いものか。そう迷ったという事情もある。
けれども。本当のところ、目の前の事実を認めたくなかった、単純な心情がすべて。
これに、たかが膝の高さしかない灰色い塊に、墓石としての意味を与えたくなかった。もしも名前を刻んでしまえば、それは確かな宣誓になる。
もう、あの人は居ないのだと。まるで全てが無駄だったのだと、大声で喚き散らされるようで。
お前の全てが、と。だから、ここで黙ってうずくまる。
「…………風邪引くよ」
そう、背中から声をかけられた。聞こえてはいるけれど、ハチはうずくまって動かない。
体育座りに顔を埋め、まるで何もかもを自分自身から締め出すように。もう十数分と、こうしている。
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