第1章

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「す」、まで言えずに固まった自分は、かなり無様な顔面をしていることだろう。そんな面は、正直想像もしたくないけれど、目の前の光景が発するインパクトにはどうすることも出来ない。 そこには、軽妙な調子でへこへこと会釈する、ツナギに作業帽を目深に被った青年が居る。ベージュでまとめた色合いのなか、帽子に踊るデカいステッカーがまた異彩だ。 内容は、『いつでもどこでも迅速安全! 最短ルートの集荷に出荷!! サラマンダー急便をご贔屓にッ!』と、若干長めなコマーシャル。 これがネタ。仕掛けたネタ。そもそも、この青年とどう知り合ったかも、どうして何事もなく召喚出来たのかもは昨日に遡る。 昨日に遡るが、ただ単に街中で意気投合しただけの過去だったり、緊急用の呼び出し護符を別れ際に渡されたりした経緯は、この際本当にどうでも良い。 彼を見付けた理由が、たまたまステッカーの謳い文句に目が止まる、何時かの荷車で味わった、読めないような読める文字列に味わう目眩なんてのも、また。親方のアレが初めとして、その後も幾つか見知ってはいるけど、未だに慣れない感覚。 ーーで、それらを差し置いて、不可解な感傷などえらくブッ飛ばして。 何かが居るのだ。常識的な空間を抱えるだけの廊下に、常識外の奇っ怪な奴が。 「ワンッ」 〈機犬〉のような声を上げ、しかし実態は凄まじい。四足歩行で、尻尾があって、くりくりとした両目に愛らしさが宿る辺りは似てなくも無いけれど、それだけで全ては説明できない。
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