第1章

60/91
前へ
/614ページ
次へ
ーーバタン。お決まりの音が響き。 「あ、お帰り~~。ごはん出来てるよ」 お決まりの文句が出迎える。ワンフロアの中をセパレートする、仕切り壁の向こう側。 男性の声、聞き慣れた緩い調子で。老婆はフードに手を掛けると、何時もと同じ定型文でとって返した。 「慎みたまえグレゴール2等。浸透作戦中だ」 フードが背中に落ちきるより早く、それは泡のように弾ける。どころか、老婆の纏ったボロも杖も泡状の、光の粒となって消えていく。 「今回の外出は別口でしょ? 作戦行動規定に引っ掛からない発言だと思いますがどうです、劉小鳴(リュウ=シャオメイ)曹長どの」 「敬意の問題だ」 ボロ布の下から現れるのは、老体らしい矮躯ではなく、腰の曲がった身体でもない。すらりと、芯の通った居姿を晒す、一人の女性。 薄明かるい藤色の髪をサイドアップに、きつく尖った両目をしかめた。引き絞られた身体を覆う、黒いボディスーツが酷く威圧的に見える。
/614ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加