終章

21/22
51人が本棚に入れています
本棚に追加
/614ページ
派手に墜落した衝撃か、もしくはそれ以前からひしゃげていたのか、精密機械と次世代技術の粋たる低軌道衛星装置は見るも無惨な様相を呈している。 男はそれすら楽しそうに、ぐしゃぐしゃの表面を撫で付ける。 すると、筐体から声が響いた。 『──さて、準備は良いかな? アドラー』 老練とした声音。ここより遥か、次元も時空も跨いだ先の、一人の老人。男──アドラーと呼ばれた者は思う。 きっと今も、お気に入りの車椅子に揺られているのだろう。アドラーは微笑みながら返す。 「何時でも、博士。〈D.I.S//group〉補助高次機能AI改め、このボクは、アドルフ=アドラーはただの個人としてこれより行動を開始する。それで良いよね?」 『そうだ。何もかも手筈通り。我々の働きは格別のものだったが、やはり不確定要素は否めなかったな。その世界をどうこうするには、やはりその世界で培われた「地力」が必要なようだ』 「勝手が違うんだ、この巷は。もち屋はもち屋って言うし……もち屋ってなんだろう? まぁ良いか。ともかくも、こちらの世界の遣り口を知らないとね。一度はルールに則らないと、ルールは乗っ取れないものさ」 『任せよう。最大効果を狙ったプランニングは未達に終わったが、作戦はまだ終わっていない』 「アイアイサー。でも、まぁ、みんなを騙しているようで気が引けたなぁ。まさか補助オペレーターとして連れてきたAIが生身の人間だなんて、みんなに明かしたらびっくりしただろうに……いや、しないな、みんななら」 くつくつと笑いながら、アドラーは黒焦げてねじ曲がった表面に手を掛ける。軽く力を入れれば表面の金属質はすぐに捲れ、中から手のひら大のコンソールパネルが現れた。 おもむろに掌で触れ、認証。有資格者と認めた機械の反射は、パネルの隣で圧搾空気と共に半身をせり出す、黒く鈍い色の箱として応える。 旅行カバンとしては小ぶりで、セカンドバッグにしては嵩張る、コの字の取っ手が付いた箱。アタッシュケースと相違ないサイズ。 アドラーは取っ手に触れる。と── がちゃり。重苦しい金属音が、手首を拘束する。見てくれから重々しい、くすんだ銀色の分厚い手錠。 手錠とアタッシュケースは当然顔で繋がっている。これまたゴテゴテとした黒い鎖。鎖というより、その形をした知性素材だけど。
/614ページ

最初のコメントを投稿しよう!